< meta http-equiv="X-UA-Compatible" content="IE=Edge,chrome=1" /> 「神の国に住む人になる」牧師 渡部 信(2017/07/23) - 日本バプテスト連盟に所属するプロテスタント教会です
礼拝ビデオをご覧下さい
アクセスカウンタ
今日 : 160
昨日 : 157
総計 : 743188
平均 : 109
週報巻頭言
週報巻頭言 : 「神の国に住む人になる」牧師 渡部 信(2017/07/23)
投稿者 : admin 投稿日時: 2017-07-24 16:05:30 (106 ヒット)

ルカによる福音書17章20〜33節 
***申し訳ありませんが、聖歌隊賛美、メッセージの終わりの部分は録音メッセージにてお聞きください***        
 イエスは聖書の中で、神の国について多くの箇所で語られました。特にルカ福音書には34回、神の国という言葉が出て参ります。次に多いのがマルコ福音書、そしてマタイ福音書、ヨハネ福音書と続き、この4つの福音書だけで80%以上出て参ります。イエスは言われました。何よりもまず神の国と神の義とを求めなさい。それは何を食べるか、何を着るかよりも大切なことなのだ。そして特にこの世で富を追い求める人々に対して、神の国に入るにはラクダが針の穴を通り抜ける方がまだ易しい。あなたがたは神と富とに同時に仕えることは決してできない。なぜなら神と富は相容れないから。財産のある者が神の国に入るのは何と難しいことか。そして弟子たちはこの言葉を聞いて驚いたのです。
 私たちは、生きて行くためには、お金が必要です。でもまず神の国を求めなさいということは、神の国よりも私たちの心は富やお金に惹かれてしまうので、それが偶像礼拝となる危険があります。現実にはお金が欲しい。それがすべてを解決すると信じてしまうことがサタンの罠です。しかしイエスがそのサタンの誘惑に「神にのみ仕えよ」と御言葉を通して勝利したように、もし私たちが最も大切な神の国を求めるならば、私たちに必要なものはみな与えられるとイエスは約束されました。
 ヨハネの手紙の1には「世も世にあるものを愛してはいけません。世を愛する人がいれば、御父への愛はその人の内にありません。なぜなら、すべて世にあるもの、肉の欲、目の欲、生活のおごりは、御父からでないで、世から出るからです。世も世にある欲も、過ぎ去って行きます。しかし、神の御心を行う人は永遠に生き続け」とあります。
 今の時代に私たちは、多くの人々に対して何を宣べ伝えて行くべきでしょうか。イエスはこう言われました「神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と。一体、ここで神の国とはどういう国のことを言うのでしょうか。ユダヤ人にとって神の国は、当時ローマ帝国の属国、奴隷状態になっていたので、自分たちの国を復興して、ダビテ王の時代のように、政治的にも経済的にも宗教的にも、自由を勝ち取り立派な王国を築くことでした。しかし世界の歴史の中で、目に見える王国で永遠に続いた王国などありません。
イエスは本日の聖書の中で、本当の意味の神の国を語られたのです。つまり、「神の国は見える形で来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に神の国はあなたがたの間にあるのだ」と。あなたがたの間とは、人と人との間、家族や友達との間、社会や日本人との間、世界の人々との間にあるということです。しかしその神の国は、何をもって私たちは神の国と呼ぶことができるのでしょうか。ここが今日の課題です。   


印刷用ページ このニュースを友達に送る

投稿された内容の著作権はコメントの投稿者に帰属します。