< meta http-equiv="X-UA-Compatible" content="IE=Edge,chrome=1" /> 「急いで行く人、思い巡らす人」牧師 山下真実(2017/12/17) - 日本バプテスト連盟に所属するプロテスタント教会です
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「急いで行く人、思い巡らす人」牧師 山下真実(2017/12/17)
投稿者 : admin 投稿日時: 2017-12-18 13:41:27 (147 ヒット)

ルカによる福音書2章8〜20節クリスマスの出来事、2000年前の遠い昔話、まるでおとぎ話のようなその出来事を聞くとき、私たちはどのようにそれを受け止めるでしょうか。
聖書は、世界で初めのクリスマスの出来事について、その知らせを聞いた人々の姿を鮮やかに描いています。イスラエルの片隅のガリラヤの町ナザレで、まだ結婚していない自分のお腹に「神の子」(ルカ1:35)が宿ると告げられた少女マリア。町の外、人里離れたところで羊の番をしていたところ、天使によって乳飲み子の誕生を告げられた羊飼い。今日の場面では、この二者のコントラストが印象的に語られています。
羊飼いたちは、救い主誕生の知らせを「あなたがたのために」(11節)という言葉で特別に伝えられた時、「急いで行って」(16節)それを確かめました。それだけでなく、その出来事が「民全体に与えられる大きな喜び」(10節)なのだということを、人々に知らせたのです。ところが、それを聞いた人々は、羊飼いたちの話を「不思議に思った」(18節)(驚く/疑う/感嘆の意味)といいます。そして、「マリアの賛歌」(1章46-56節)であれほどはっきりと喜びを表していたあのマリアでさえも、ここでは「これらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた」(19節)と書かれています。「民全体」「あなたがたのため」と語られる「救い主」が、一体どのような存在なのか、どのような人物として成長していくのか、そしてその生涯で、どのようなことを成し遂げるのか。このちいさなかけがえのない命の意味を、この時はまだ誰も知らなかったのです。その乳飲み子が、すべての人のために十字架の上で命をささげるなどということを、この時「だれが思い巡らしたであろう」(イザヤ53:8)。
ただそれでも、彼らに共通していたのは、「救い主」(ルカでは1:47, 2:11のみ)が生まれる(生まれた)という出来事に遭遇したということでした。闇の中に輝く光、絶望の中にある希望、待ち望んでいた、私の、私たちの「救い主」メシア、イエス・キリスト…。この乳飲み子の存在に、彼らは出会い、あるものはそれを喜び、急いで行った。またあるものはそれを不思議に思い、ただ、思い巡らした。母マリアは人生の中で繰り返し、その愛する子の命の意味について、思い巡らしたことでしょう。自分の子が、「救い主」であり、「民全体に与えられる大きな喜び」である、ということを。
「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、
   一粒のままである。だが、死ねば、
        多くの実を結ぶ」(ヨハネ12:24)
クリスマスの出来事は今年も、その「一粒の麦」の意味を思い巡らすよう、私たちに語りかけています。


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