< meta http-equiv="X-UA-Compatible" content="IE=Edge,chrome=1" /> 「忘れないでほしいこと」牧師 山下真実(2018/01/14) - 日本バプテスト連盟に所属するプロテスタント教会です
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「忘れないでほしいこと」牧師 山下真実(2018/01/14)
投稿者 : admin 投稿日時: 2018-01-26 16:03:31 (136 ヒット)

詩編103篇1〜13節
 「歌」というものは、私たちの心の底から生まれてくるものです。あふれる感動、喜び、感謝、時には嘆きや叫びが、言葉となり歌となってほとばしる。そして、それらを忘れず覚え続けるために、私たちは歌を歌い継いでいきます。そうして歌い継がれた歌は、時代を超えて、状況を超えて、私たちの心を再び震わせる歌としてよみがえります。
 賛美歌もまた、様々な時代を生きた信仰者たちの心の歌、信仰の歌であり、それぞれの人生の中で、人々が個人的に、また共に経験した神との出会い、そのあふれる感動が歌となって、歌い継がれているものです。私たちが賛美歌を口ずさむとき、そこに込められた神さまへの感動と信仰に自らの心を重ねる瞬間、その歌は私自身の歌として、私の心を震わせるでしょう。
 詩編に多くの歌を残したダビデもまた、人生の様々な出来事の中でそれらの歌を生み出しました。彼は103篇で、「わたしの魂よ、主をたたえよ」(1, 2節)と、自らの深みに向かって呼びかけるように歌っています。彼の内には、遠い昔、イスラエルの人々がエジプトから救いだされた時に歌われた歌が響いていました(出エジプト記15章)。時代を超えて歌い継がれてきた、その感謝の歌を思いながら(7節)、彼自身もいま、変わることのない神さまの偉大さと忍耐に、畏敬の念と、ふつふつと湧いてくるような感動を覚え、たまらずそれを口ずさんでいるのです。苦しみの中でも、病の中でも、老いの中でも、変わらず「主は憐れみ深く、恵みに富み、忍耐強く、慈しみは大きい」(8節)。
「わたしの魂よ」、そんな「主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない」(2節)。そう歌いかける彼の歌に応えるように、彼の魂から信仰の歌が湧き出ます。「父がその子を憐れむように、主は主を畏れる人を憐れんでくださる」(13節)。
 私たちの日常にはそのような、ほとばしるような賛美の「歌」が、感動が、感謝があるでしょうか。私たちの歌う賛美歌は、祈る祈りは、自らの深みから、魂からあふれ出ているものでしょうか。過ぎゆく日常の中で、辛く苦しい出来事の中で、自分の限界を思い知らされる中で、かつて感じたあの溢れるような喜びや感謝を忘れてしまいそうになるときがあるかもしれません。そんなときでも変わることのない、神さまの憐れみと恵みへの感謝を、賛美の「歌」によって私自身の心の深み、魂に刻んでおきたいと思います。魂に刻みこまれたその感謝は、いつの日か再び賛美の「歌」によって呼び覚まされ(復活させられ)、湧き出る泉のようにほとばしるでしょう。ダビデが詩編によって伝えているそのメッセージに励まされながら、私たちも自らの魂に語りかけたい、歌いかけたいと思います。わたしの魂よ!

「主はわたしの力、わたしの歌」
出エジプト記15章2節


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