< meta http-equiv="X-UA-Compatible" content="IE=Edge,chrome=1" /> <召天者記念礼拝・墓前礼拝>「”いのち”輝く 惱蘓(愛)に返る』」牧師 友納靖史(2018/04/22) - 日本バプテスト連盟に所属するプロテスタント教会です
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週報巻頭言
週報巻頭言 : <召天者記念礼拝・墓前礼拝>「”いのち”輝く 惱蘓(愛)に返る』」牧師 友納靖史(2018/04/22)
投稿者 : admin 投稿日時: 2018-04-23 14:32:44 (127 ヒット)

黙示録2章1〜7節
「ヨハネの黙示録」は、当時アジア州に存在した7つの教会への復活の主イエスからのメッセージとして書き留められました。これら主からの語りかけは、場所、時代を越え、これから世界中に存在しようとしている諸教会で抱える同じ課題をどう乗り越えるか、解決の秘訣がちりばめられています。著者ヨハネは、主イエスがそれぞれの教会に対し三つのポイントに分け、「励まし・賛辞の言葉」、次に「叱咤激励」、最後には「希望」を語りかけたことを記しました。7回シリーズ最初は、エフェソ教会宛ての主の言葉です。当時、この町では皇帝と共に女神アルテミスを礼拝する有名な神殿のある環境において、主に喜ばれる信仰を貫いた教会の群れに対し、励ましと賛辞が語られます。「わたしは、あなたの行いと労苦と忍耐を知っており…、私の名のために我慢し、疲れ果てることがなかった(黙2:2-3)」と。詩編には主こそ「…すべてを知っておられる(139:2)」と告白されている通りのお方が主イエスだからです。
 けれども次に主イエスは、「しかし、あなたに言うべきことがある。あなたは初めのころの愛から離れてしまった。どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて初めのころの行いに立ち戻り、悔い改めよ(2:4-6)」と厳しい言葉で諭されました。グサリと心に刺さる言葉ですが、神に愛される人々が本来の姿に立ち返って生きることができると主が信じて語られたのです。主もかつて繰り返し「はっきり言っておく」と語り、真理と救いの確かさを伝えられたように、神に立ち返り、全てが空しく無駄とならないようにと、臆せずに語られたのです。
 最後に、エフェソ教会に「耳ある者は、“(聖)霊”が諸教会に告げることを聞け。勝利を得る者には、神の楽園にある命の実を食べさせよう(4:7)」と語られました。創世記にアダムとエバが、神の掟に背き、罪を犯し、全てが備えられたエデンの園より追い出され、「命の木に至る道」から遠ざけられたと記されています(3:22-24)。しかし、神の御子イエスがこの世に来られ、ご自分の命をもって人間の罪を担い赦し、永遠の命に至る道を開かれたのです。主イエスが「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる…(ヨハネ11:25)」と宣言された通りです。この主の愛を再び思い起こし、その愛に立ち返って生きる教会とされるため、主イエスはヨハネを通して再び語られたのです。なぜなら私たちの「いのち」が、この地上で、また天の御国においても、本当の意味で輝く者とされるために。ここまでして、課題多き地上の教会が「世の光」として輝き続けるために天に帰られた主イエスの愛がこの「黙示録」に溢れています。聖書の御言葉でさえ悪用(乱用・誤用)する時代にあっても、私たちが恐れず神の愛を輝かせる教会、そして幼稚園とされますように共に祈りましょう。


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