< meta http-equiv="X-UA-Compatible" content="IE=Edge,chrome=1" /> 「”いのち”輝く 『 開かれた門より入る』 」牧師 友納靖史(2018/06/03) - 日本バプテスト連盟に所属するプロテスタント教会です
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「”いのち”輝く 『 開かれた門より入る』 」牧師 友納靖史(2018/06/03)
投稿者 : admin 投稿日時: 2018-06-04 14:14:33 (173 ヒット)

ヨハネの黙示録3篇7〜13節
主イエスは神の国の奥義を説明される時、『門』というキーワードを繰り返し用いられました。「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い (マタイ7:13)」。ここでは救いへ至る道は狭くとも、永遠のいのちに至る門を探して入れと語られました。また直前には、「求めなさい…。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。…門をたたく者には開かれる(7:7,8)」と語られ、主を求める者には誰にでも(ローマ10:13)、救いの道へと通じる門を神が開いておられることを宣言されたのです。
 黙示録の冒頭で、主イエスご自身のことを「世々限りなく生きて、死と陰府の鍵を持っている(1:18)」お方だと語られたように、フィラデルフィアの教会に対しても、「ダビデの鍵を持つ方、この方が開けると、だれも閉じることなく、閉じると、だれも開けることがない(黙3:7)」と語られました。このように主イエスこそが真のいのちに通じる道を開く権威が与えられていると明言されたのです。
 フィラデルフィア〈「兄弟姉妹を愛する」の意〉の町に立てられたこの教会の人々に主イエスは繰り返し、あなたがたは「わたしの言葉を守った」、それゆえに、「わたしもあなたがたを守ろう」と、互いに愛し合う関係性の大切さが強調されます。特に、その前後に「あなたは力が弱かった(ギ語:ミクロス)が、…わたしの名を知らないとは言わなかった」と語られ、ペトロのように主イエスを否認することなく、忍耐強く歩み続ける教会の兄弟姉妹に対する喜びと感謝の思いが溢れています。決して主イエスは信仰の強さや弱さで人を評価したり、救いの有無を決められることはなさいません。ペトロの生涯を省みても然りです。しかし同時に、弱さを抱えながらも精一杯主イエスに従おうとした(「イエスの名を知らない」と言わず証し続けた)人々に対しては、その信仰の姿勢に喜びと賛辞を惜しまれませんでした。
 手紙の最後に、「新しいエルサレム」が天より下ってくる(黙3:12)と、主イエスよりこの教会、そして全ての人々への福音として伝えられました(21:1,10)。ここで主は、神の御言葉とこの黙示録、そして神の国の意味を誤って解釈し受けとめている人々(「自分はユダヤ人であるという者たち‹文字通りユダヤ教徒、又今日のキリスト教原理主義者を含む›」)の姿に、時代を越え憂いておられます。主はこの地上で目に見える領土としてのエルサレムを与えるとは約束しておられません。武力や権力による支配(占領)によらず、主イエスが十字架で示された愛と平和の道へ通じる「門」を主イエスは開かれたのです。その門を、この世の価値観とは違う真の幸いを与えられた人々(マタイ5:1-11)のように、私たちも「力の弱い」者であることを恐れず、天の御国(新しいエルサレム)に通じる門を目指して歩み続けましょう。

 「平和を実現する人々は、幸いである。
    その人たちは神の子と呼ばれる(マタイ5:9)」


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