「クリスマスの贈り物 慂唇造鯑世詢蓮戞徊匯奸〕納靖史(2017/12/03)

投稿日時 2017-12-04 14:35:12 | カテゴリ: 週報巻頭言

マタイによる福音書1章18〜25節
マタイ福音書では、マリアの婚約者(当時は既に夫と呼ばれ、結婚したとみなされるが、結婚式までは赤子を生む関係性を持つことは厳禁であった)ヨセフの人柄を一言で「正しい人」であったと語ります。この言葉は聖書で二つの意味に用いられ、その一つは、人自らの努力により、清く正しく生きようとする良い姿勢ですが、実は人が自らの不完全さや罪に気づかず、勘違して生きることへの警鐘も含みます。なぜなら、「正しい人(義人)は一人もいない(ローマ3:10)」とあるように、神以外に真に正しい者は誰一人存在しないからです。もう一つは、同じローマ書で「正しい人(義人)は信仰によって生きる」と語られており、これは、神の目から見て喜ばれる生き方(イエスをキリストと信じること)を選ぶ者への祝福の言葉です。ヨセフは後者でした。
当初ヨセフは、マリアが身重になったことに悩み、「表ざたになる (原意:さらし者にすること)」を望まず、密かに「縁を切ろう(原意:去らせよう)」と「決心し(原意:切に願い)」ます(1:19)。突然の難題発生に苦悩するヨセフへ、神は夢の中で天使を通して、彼の選ぶべき正しき方向性を示されました。つまり、名誉や命を守るため、密かに彼の元からマリアを去らせるのでなく、受け入れ難い現実、神のご計画を共に歩むようにと諭されたのです。実はここに平安を得る秘訣があります。神と共に現実に立ち向かう信仰から「平安」が与えられるからです。
この時、彼が一番必要としていたのは、「罪からの救い」でした。なぜならマリアに予期せぬ命が与えられたことは、彼女の過ちと罪に由来するとヨセフは心の中でマリアを責め、憎しみに満ちていたかもしれません。しかし一方でヨセフは、何とか自分の力でマリアを守ってあげたいと考え、対立する心の狭間で苦しみます。けれども、天使の語りかけは、ユダヤの民が長年待ち望み続けていたメシア(救い主)誕生、イザヤ書の記述(イザヤ7:14)が現実となろうとしている事の重大さに気づき、個々人の幸いを超え、民族に対する神の計画を優先する信仰へとヨセフを整えたのです。「夢から覚める(1:24)」とある言葉は、単なる睡眠からの覚醒だけでなく、彼自身が御言葉によって霊的に目覚めさせられる体験となりました。即ち、真の「平安」とは、自らの幸いを求める以上に、隣人と共にへの幸いに生きることに目覚める時、与えられるからです。
マタイは福音書の最後に、イエスが十字架に架けられる前、総督ピラトの妻が「あの正しい人に関係しないでください。その人のことで、わたしは昨夜、夢で随分苦しめられました(27:19)」と夫ピラトに告げる場面を語ります。ピラトの妻は、ヨセフのように夢を通して揺さぶられますが、苦難の僕・イエスこそ真実に「正しい人」であり、死に値する者でないと示されながら、夫ピラトは愛する者の声に耳を傾けられなかったと、ヨセフの記事と対比させ記しました。
今、私たちはクリスマスを前に、「永遠に奪われることのない平安」をお与え下さる主イエスとの出会いが全ての人に与えられますようにと共に祈り、宣べ伝えて参りましょう。




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