「あなたがともに」牧師 山下真実(2018/06/10)

投稿日時 2018-06-10 15:21:12 | カテゴリ: 週報巻頭言

詩編23篇、ルカによる福音書23章39〜43節
 「生きるにも死ぬにも、
   あなたのただ一つの慰めは何ですか」
 これは、1563年にドイツで生まれた「ハイデルベルク信仰問答」の第1問です。バプテスト教会として、この信仰問答をことさらに支持するわけではありませんが、この第1問は、いまのこの時代においても、私たちが自らの人生や信仰について考える上で、とても大切な問いであると感じています。問答ではこの問いに次のように答えます。
「わたしがわたし自身のものではなく、体も魂も、生きるにも死ぬにも、わたしの真実な救い主イエス・キリストのものであることです」
 信仰の人ダビデは、自らが羊飼いであった時の経験から、たくさんの豊かな表現に溢れる詩を残しています。その中で、もっとも有名なのは詩編23篇でしょう。彼はそこで自らを羊、神さまを、羊を養い守る羊飼いをたとえ、その神さまに対する信頼の心を歌っています。その中心にあるのは、「あなたがわたしと共にいてくださる」(4節)という信仰です。先が見えない中にあっても、行く手に「わたしを苦しめる者を前にしても」(5節)、たとえ「死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない」(4節)。なぜなら、羊飼いである神さまが、私と共にいてくださるから。
 イエス・キリストと共に十字架につけられた二人の囚人のうちのひとりは、不思議な平安の中で、キリストに次のように言いました。「イエスよ、あなたの御国(みくに)においでになるときには、わたしを思い出してください」(42節) 彼の言葉に、キリストは次のように応えられました。「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」(43節)。
 キリストと共に十字架にかけられた囚人、彼にとっての「慰め」は、死後の世界、天の御国、「天国」だったのでしょうか。死後、そのような「楽園」において憩うことができる、きっとそのことよりも、「今日わたしと一緒に」と言って、彼と共にいてくださることを約束してくださった救い主の言葉に、彼は慰めを受けたのではないでしょうか。
私たち自身が「天国」ということを考えるときも、そこにある「慰め」とはなんでしょうか。それは、そこがどのようなところかはもちろんですが、何よりも、そこに誰がいるのかということでしょう。「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである」(黙示録21:3-4)
 羊飼いなるイエス・キリストが、いまのこの時も、まだ見ぬ将来においても、いつもわたしと共にいてくださる。このことが、生きるにも死ぬにも、私たちの唯一の慰めなのです。




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