「信条から告白へ 愽磴覆訖世鮨じる』 」 友納靖史牧師

投稿日時 2018-06-25 15:01:55 | カテゴリ: 週報巻頭言

ローマの信徒への手紙10章9〜17節
今日から学ぶ「使徒信条」。伝承によると、十二使徒がエルサレムから各地に離散する前に、一般信徒への信仰規範として作られたとの説があります。宗教改革以後、多くのプロテスタント諸教派もこれを継承し、主の祈りに並び、礼拝で唱和されます。それらの教会ではバプテスマ(洗礼)を受ける際、この信条の項目全てを信じるか否かが問われ、それに同意する者のみが教会員として加わることが許可されていました。しかしバプテストの教会は、「信条」としてではなく、個々人が聖書を読み、それそれの言葉で「信仰告白」する自立した信仰者となることを選びとったので、一斉に礼拝で唱和することはありません。ですが、それは「使徒信条」の内容を否定するのでなく、福音のエキスが抽出された価値ある信仰の言葉であると受け入れてきました。
「実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表わして救われる(ローマ10:10)」とパウロは告白し、私たちのこの口から発する信仰の言葉と告白が、救いの確信へつながると宣言します。何を信じるかについてパウロは直前の9節で明確しました。「口でイエスは主である公に言い表わし、心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われる」と。ここにも信仰告白の原型があります。皆さんは主イエスをどのようなお方だと告白し、救いを受けられたでしょうか。
「使徒信条」の原文は、まず冒頭に「私は信じます(Creed「信条」の原意)」と告白し、「父なる神こそ、天地の造り主、全能なるお方」ですと続きます。とても簡素な文章ですが、その中には新旧聖書に基づく真理と信仰の告白が集約されています。旧約時代、「主(ヤハゥエ)なる神」は、罪を犯した人間とは相容れない、聖なるお方、義なるお方、そして何よりもこの天地全てを無から有を生み出す全能なるお方と告白しました。その同じ「神」、偉大なる存在を「父」と私たちが親しく呼ぶことが今、できるのは、イエスが「こう祈りなさい。『天におられるわたしたちの父よ』」と主の祈りでも、弟子たちへ語られたこと。何よりも、主イエスが、インマヌエル(「神、我らと共におられる」)なるお方として共に生き、聖霊を注ぎ、私たちを「神の子」(ロマ8:14-15)としてくださったからなのです。
信条は、私たちを間違いなく良き方向へと導く、道標です。しかしそれは通過点にすぎません。今も生きて働かれる主なる神に対する信仰の証しは、信条として固定されることなく、一人一人が日々新たにされる感謝の告白だからです。バプテストの先達者が選び取ったこの道は、ある意味険しくもあり、かつ大いなる喜びの道です。わたしたちバプテストの信仰に立つ常盤台教会が創立時に与えられた「信仰告白」が自らの告白となるため、信仰吟味の旅路を皆さんと共に歩み出して参りましょう。




日本バプテスト連盟に所属するプロテスタント教会ですにて更に多くのニュース記事をよむことができます
http://tokiwadaikyoukai.com

このニュース記事が掲載されているURL:
http://tokiwadaikyoukai.com/modules/kantogen/index.php?page=article&storyid=637