「恵み Amazing Grace」 牧師 山下真実(2018/07/29)

投稿日時 2018-07-30 14:48:10 | カテゴリ: 週報巻頭言

ローマの信徒への手紙5章12〜21節 すべての人は「罪人(つみびと)」である――「人は皆、罪を犯した」(ローマ3:23)という聖書の言葉に驚く人は少なくありません。ここで言われている「罪」という言葉は、犯罪という意味ではなく、人が聖書の神さまに喜ばれる本来の生き方ではない「的はずれ」な状態に陥っていることを表す、聖書の特別な言葉です。ただそうであっても、「あなたも罪人(つみびと)なのだ」と言われて嬉しい人はいないでしょう。
 しかし、中にはホッとする人がいるかもしれません。自分自身の内にある言いようもない虚しさや、過去の行いについての罪悪感…人生の歩みの中で、ふとそれらが心に重くのしかかってくるように感じられるとき、私たちは「あなたは間違っている」「的はずれな生き方をしている」と、敢えてそのよう指摘してくれるような、そんな言葉をどこかで求めているようにも思います。
 最も有名な賛美歌、“Amazing Grace”の作者ジョン・ニュートンは、22歳の時、航海の最中に嵐に遭い、命の危険を感じる中で自らの人生を振り返りました。そして、沢山の後悔と共に、どうしようもない自らの心の汚れ、醜さに気づかされました。自分は生きている価値の無い存在である、そのように思い、死をも覚悟した彼でしたが、彼は奇跡的に命を救われ、そこに神さまからの「生きよ」という語りかけを聴くのです。彼はこの歌の中で「驚くばかりの恵みなりき/この身の汚れを知れる我に」と歌いました。自らの汚れ「罪」を知ったからこそ、彼は自らの命を救ってくださった神さまの驚くべき恵みに気がつくことができたのでした。
 ローマ書を書いたパウロについてもそうです。彼はもともと、キリストを信じる人たちを捕らえて殺す側の人間でした。そんな彼は、まばゆい光の中でイエス・キリストに出会ったといいます(使徒言行録9章)。その時彼もまた、自らの取り返しのつかない過ちと「罪」に気づかされ、同時に、これからはキリストを伝える者として「生きよ」という神さまからの語りかけを受け、全く新しい人生を歩み始めたのです。
 私たちもまた、神さまの愛と出会い、聖書の御言葉に触れるとき、まるで光に照らし出されるかのようにして、私たちの「罪は罪と認められ」(13節)、時に「増し加わる」(20節)かのように思うでしょう。しかしそのように感じられるときにこそ、それらを覆い尽くしてしまうほどの驚くべき「恵み」に、目を留めるようにと聖書は語ります。「罪が増したところには、恵みはなおいっそう満ちあふれました」(20節) そこにあるのは、「支配」(17, 21節)という言葉で表現される、満ちあふれる恵みの広がりです。
 クリスチャンは、赦されて「罪人(つみびと)」でなくなるわけではありません。傷跡のようにして未だ残り続ける「罪」を、神さまの驚くばかりの恵みによって覆われながら、それぞれが置かれた場所で、自らの救われた命を日々新たに生きる「赦された罪人(つみびと)」なのです。




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