< meta http-equiv="X-UA-Compatible" content="IE=Edge,chrome=1" /> 巻頭言と礼拝ビデオ - 日本バプテスト連盟に所属するプロテスタント教会です
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投稿者 : admin 投稿日時: 2007-02-04 07:03:00 (2092 ヒット)

2.4主暦2007No.2973
マタイによる福音書18章21節〜35節
渡部信

 今日の日本において、夫が妻を、妻が夫を、親が子供を、子供が親を兄が妹を殺してしまうという身近な周りの人々の中でおかしなことが起こっております。それは学校でも、仕事場でもいじめや、憎しみ、敵意という形で人と人の関係がゆがんでいるからです。「あの人は絶対に赦せない」。こういう人間関係は、むしろ心を許してきた親戚、家族、昔からの友人、仲間、はたまた教会の中で一番起こりやすいのです。それは刑法ではとりしまることができない心の奥底の問題であり、人間の根源的な罪の部分に触れるからです。まさにイエス様はそのような罪のために、犯罪者としてではなく、パリサイ人、祭司たちのしっとと妬み、敵意によって十字架の苦しみを引き受け、それらの罪に対して自ら完全な赦しを告げられたのです。続き
 マタイ18章にはこの問題を一つのたとえ話しを通して語られています。「赦された恵み」は「人々を赦す恵み」に変えられなければならないことをそこで教えています。私たちは一生涯かかっても返せない罪を何度も繰り返し、それでも神様は全て赦してくださいました。その恵みに与った一人の王様の家来は一歩外に出ると、少しの借金をしている友人の首をつかんで、借金の猶予を願う彼を絶対に赦さず、牢屋にぶち込んでしまったのです。それを見た仲間は王様(神様)に告げました。王様はその話を聞いて怒り、その家来を全部、借金を払うまで彼を牢屋に入れるように命じられたのです。つまり、この家来は自分の不寛容によって王様の寛大な「赦しの恵み」を帳消しにしてしまったのです。
 憎しみや復讐心、敵意は相手より以上に、自分自身の人生を損なう力を持っています。それは罪の恐ろしい力であり、サタンの策略であり、そこから救うためにイエス様はご自身を十字架につけてまで、私たちに罪の赦しを宣告され、人々を愛するようにと命じられました。もし、神様の正義が本当に保たれることを願うなら、それは神様に任せるべき問題です。そして善をもって悪に勝つ。私たちはこの問題を一度は真剣に考え、クリアしなければならない問題なのです。


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