< meta http-equiv="X-UA-Compatible" content="IE=Edge,chrome=1" /> 巻頭言と礼拝ビデオ - 日本バプテスト連盟に所属するプロテスタント教会です
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投稿者 : admin 投稿日時: 2007-11-04 14:25:58 (1663 ヒット)

 11月から水曜日、夜の祈祷会と金曜日の朝の祈祷会は牧師が担当することになりました。
どこの教会でも同じでありますが、教会は礼拝と祈祷会を大切な集会として守ってきました。特に異教社会の中にある日本のキリスト者は、週の始めの日に教会に集い礼拝を献げることは欠かせないことですが、同じように週の半ばに教会に集い、祈る時を持つことは、信仰を維持していく上で欠かすことの出来ないものではないでしょうか。 
 勤めていた時の個人的な体験ですが、週の半ばに祈祷会に行かないと主の日の礼拝に出席しても空々しく感じたことがありました。それはあまりにも私の日常生活が信仰とかけ離れたところで営まれていたからでしょう。
 今日の社会は、神不在の社会が築かれております。その中で、キリスト者が信仰をもって生き抜くことはとても大変なことだと思います。そのような私たち信仰者が週の半ばに集い、聖書を共に読み、祈り、励まし合う集会「祈祷会」は慰めが与えられますし、また信仰をもって歩む力となるでしょう。
 私たちの信仰が日常生活から遊離してしまわないように、週の半ばの集会「祈祷会」に是非ご出席下さい。
11月からは“使徒言行録”を順番に学ぶことにしました。(水曜日、金曜日とも)
この書には教会の誕生の記事が載っております。それはイエス様の昇天後、弟子たちが一同に集まっているところに、聖霊が降り、その聖霊の働きにより、福音が大勢の人々に語り伝えられていきます。そして信じる群れが起こされていきます。それが教会となっていくのです。
聖霊の働きにより福音が地の果てまでに宣べ伝えられていく教会の働きを共に見ていきたいと思います。そしてその学びを通して、私たちの教会について共に考えていければと願っております。


投稿者 : admin 投稿日時: 2007-10-28 14:24:31 (1955 ヒット)

皆様のお祈りに支えられ、「沖縄伝道旅行」が主の恵みのうちに終わることができました。
総勢37名のメンバーは、ちょっとした旅行団体でした。この団体をスケジュール通りに目的地に導いて下さったのは副隊長の米沢兄でした。米沢兄、そして聖歌隊長の芦沼兄はコンサート会場に着くと、すぐに会場の関係者と打ち合わせをし、コンサートの段取りをつけたり、会場設営と、奮闘の連続でした。すべてが順調に運んでいる様子を見ながら、「なんと現地の下見、訪問先との連絡折衝を丁寧にして下さったのだろか」と驚きと感謝の思いに満たされました。
聖歌隊のメンバーは、会場に着くと、すぐにコンサートの準備に入り、指揮者の有銘兄の真剣な指導のもと、練習に励んでいました。証しする兄弟、姉妹は今のご自分を素直に告白しての証しでとても説得力がありました。
今回、聖歌隊員として、また証し者として今回の伝道旅行に参加した小林大記兄について特記します。彼は北海道、余市にお住まいのご両親を沖縄に招待し、コンサート、主日礼拝にお誘いしたのです。彼は、今主イエス・キリストによる救いを得て、喜びの中にある自分をご両親に見てもらいたかったのではないでしょうか。そのことを知った私は、近きものへの伝道のあり方を学ばせてもらいました。
私たちの伝道隊を受け入れて下さった胡屋教会、首里教会の応対は真に愛に満ちたものでした。私たちのために、集会を計画して下さり、集会の告知をして下さり、様々な準備をして私たちを迎えて下さいました。また、教会堂をはじめ、教会の施設を自由に使わせて下さいましたので、何不自由なく練習ができ、本番を迎えることができました。最後の日、首里教会では愛さん会を開催して下さり、心からのお持て成しを頂きました。
私たちはこのことを通して、「愛をもって受け入れること」を大いに学ばせて頂きました。「出て行く」ことはとても大切なことであり、今後も「出ていく教会」でありたいと思いますが、「受け入れる教会」でもありたいと思いました。
首里教会、胡屋教会が伝道隊を結成して、私たちの教会を訪問して下さることを祈り願いつつ。
 
             

 


投稿者 : admin 投稿日時: 2007-10-21 14:20:22 (1879 ヒット)

 本日はダブ・ジャクソン先生をお迎えし、主日礼拝を共に献げられます幸いを感謝いたします。
 ジャクソン先生は終戦後マッカーサー元帥と一緒に厚木基地に降りた米国軍人の一人でした。戦後の日本の荒廃ぶりを目の当たりにした先生は宣教師として日本に来ることが示され、準備の期間を経て宣教師として来日します。初めは北海道、旭川で開拓伝道に取り組み、その地にリバイヴァルが起こされます。そして“全日本にキリストの光を”のスローガンに心打たれた先生は「新生運動」に情熱的に取り組みます。新生運動とは教会倍加を目指して、連盟諸教会が総力を挙げて伝道で、1963年、実施に移されました。具体的には米国南部バプテストテキサス連盟とパートナーを組みテキサスから大勢の伝道隊を招いて全国的に展開された伝道プログラムです。東京では後楽園球場を会場に、15,000名が集い集会がもたれました。この新生運動により多くの教会でリバイヴァルが起こされました。
 ジャクソン先生は新生運動を通して、これからの伝道は“パートナーシップ”による伝道であることが示され、テキサスに帰り“ワール・エバンジェリズム・ファンデーション”(伝道団体)を設立します。そして日本を始め、韓国、台湾、ドイツ、フランスと全世界のバプテストの教会との間を取り持ち、それぞれの国で”パートナー・シップ“による伝道を推進しておられる先生です。
 先生のこの度の来日は”パートナーシップ伝道“について連盟との打ち合わせのためです。
連盟はジャクソン先生との話し合いにより、2008年に日米パートナーシップ伝道を計画しています。米国南部バプテスト連盟の牧師・教会員による伝道チームを迎え、諸教会に派遣し、協力して福音、宣教に当たる伝道プログラムです。 
去る10月11日、ホテル・ニューオータニにジャクソンをお尋ねしました。そして先生の日本への熱い思いを伺いました。先生は日本を心から愛しておられ、日本のために、私たちのために“パートナーシップ伝道”を通して仕えたいという熱い思いを語って下さいました。その熱い思いを連盟全体で共有し、福音、宣教に励みたいと思います。

 


 
             

 


投稿者 : hayashi 投稿日時: 2007-10-12 14:41:50 (2158 ヒット)

10.14主暦2007No.3009
ヨハネによる福音書 14章1〜11節
牧師 渡部信
 イエス様は疑いトマスに「わたしは道であり、真理であり、いのちである。誰でも私によらなければ父のみもとに行くことはできない」と言われました。これは私たちが人生を送る上で、大事な3つのことを教えていると思います。誰でもなにがしかの人生の道を持っておりますが、人生の究極的な道は、神の国へ入ることです。しかし多くの人々は、目先のことで忙しくしておりますので、何も考えずに人生を送っております。人生はのぼり坂もあれば、下り坂もあり、そして「まさか」という予定外の道が待っているものです。
 トマスはイエス様によらなければ父のもとへ行くことができないという言葉がまだ信じられず、それではイエス様、父なる神様を見せてください、と頼みました。そうしましたら、イエス様は、「わたしを見たものは父を見たのである」と答えられたのです。一体、これはどういうことなのでしょう。
 2番目にイエス様は「わたしは真理である」と言われました。何か真理という原則や法則があるのでしょうか。イエス様はただの教えではなく、実際の伝道生活の中で、「わたしのしている業が、神様からのものである」ことを示しました。純粋完璧な、理想の信仰の真理というものはありません。もしそうなれば、この世をすべて否定しなければならないでしょう。イエス様は人を受け入れること、赦すこと、愛することの中で何が真理であるかを教えているのです。
 3番目に「わたしはいのちである」と言われました。肉体の命は歳と共に弱り衰えます。しかし、イエス様が語るいのちは、内側の魂のいのちのことであり、ますます新しく生きることができるのです。それが、聖書が語るよみがえりの命です。「生きていて、わたしを信じる者はいつまでも死なない」とは本当に不思議ないのちなのです。


投稿者 : hayashi 投稿日時: 2007-10-05 13:40:19 (2174 ヒット)

10.7主暦2007No.3008
使徒言行録 12章1〜11節
牧師 松村誠一

 使徒言行録12章にはヘロデ王による迫害が記されております。ヨハネの兄弟ヤコブが剣で殺され、今度はペトロが捕えられ牢に入れられてしまいます。しかし、この絶体絶命の時に、ペトロは天使によって助けられ、牢から外に逃れ出た出来事が記されております。
 この奇跡の出来事の背景には「教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた。」のです。
私は1983年3月、古川先生(現西南女学院宗教主任)と一緒に西南学院大学神学部受験のため、福岡に行きました。試験の前日に福岡ガーデンパレスに宿を取り、場所の下見をして、早目の夕食を取り、そして古川先生と一緒に過去の入試問題に目を通し、そして明日のコンデションを考え早めに寝ることにしました。夜の10時と記憶しておりますが、ところがベッドに入り、寝ようとするのですが、眠れないのです。「こんなに早く寝ていいのだろうか、教会では我々のことを覚えて祈ってくれているのに、当の本人が眠ってしまったのでは申し訳ない。」このような思いが頭を駆け巡り、眠れないのです。そして隣の古川先生の部屋の様子を伺うと、コトコトと音が聞こえてきます。そこで、私は彼の部屋に行き、「眠ったら申し訳ない気がして、、、少し明日の勉強でもしますか?」と言って、また二人で聖書の勉強をし始めました。手元に持っていた雑誌「福音と世界」から“ヨハネ教団”についての記事を読み、ヨハネ教団について学びました。
 さて、入試当日です。聖書の問題を見たら「ヨハネ教団について記せ」とあるではありませんか。私は驚きと感謝をもって答案用紙に記入したことを昨日のように思い出します。
 入試の発表があり、その旨を教会に伝えますと、今は主のみもとにおられる北川冨美子姉が「奇跡が起きた、奇跡が起きた」と私の入学を喜んで下さいました。私は教会の祈りによって奇跡が起こり、神学校での学びが可能となったのだと思っております。
 使徒言行録の記事はおとぎ話ではありません。当時の教会は全く無力でした。その無力の教会は絶体絶命の危機にさらされているペトロのために祈ることしかできなかったのではないでしょうか。「教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた。」その教会の祈りに神は応えて下さった、その出来事が著者ルカは出来る限りの表現を用いて伝えようとしているのです。私たちは心を合わせ祈ることに熱心でありたいと思います。主はその祈りに必ず応えて下さいます。


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