< meta http-equiv="X-UA-Compatible" content="IE=Edge,chrome=1" /> 読み物・教会ダイアリー - 日本バプテスト連盟に所属するプロテスタント教会です
投稿者 : ws 投稿日時: 2008-02-17 21:54:27 (1827 ヒット)



証し:A.H.さん(女性会)


日曜日はいつも聖歌隊の練習がありますので、ウェルカム・サンデーには初めておじゃま致します。今日はよろしくお願い致します。
昨年Kさんに「証」を頼まれていて、ずっと先のことと思っていましたら、アッという間に今日になってしまいました。いろいろ考えましたが、やはり29年前子供を教会附属めぐみ幼稚園に通わせたことで、特別な出会いの時があったことをお話ししたいと思います。

はじめて聖書、賛美歌と出会い、聖書の言葉にはいつも驚きと感動を覚え、賛美歌からは心地よい慰めと励ましがあり、それまで眠っていた私の心の深い所で何かが揺さぶられるような、「ここはどこ? 私は誰?」という程の刺激をうけ、魂のふる里というか、心の居場所が与えられました。
当時幼稚園のお母さまを対象とした水曜礼拝で、牧師先生は「神の愛 アガペーの愛」についてよく話されていて、

「私たちはそれぞれに違った賜物が与えられていて、他の誰とも比較することの出来ない大切でかけがえのない存在として神様から愛されている。だから人は偶然に生まれて偶然に死んでゆくような存在ではないんです。」そして、

「すべての人は神の救いの中にあってご自分が気づこうが気づくまいがそのことは変わらないのです。」と語られ、

「もちろん、主人に愛されているでしょうし囲りの方にも愛されていることでしょう、しかし、変わることのない神の愛、アガペーの愛を知ること気づくことで、これからの人生が猖榲の喜びの人生瓩悗畔僂┐蕕譴襪里任后ですから、幼稚園にお子さまを預けている間に、ぜひイエス様の愛に出会って頂きたいのです。そして喜びの人生を歩んでいってほしいのです。」と話される度、
猖榲の人生の喜び瓩箸呂匹ΔいΔ發里覆里、わからないけれどもとても知りたいとも思いました。

私は中学時代、狄佑生まれて死んでゆくということをどう受けとめていいか分からず、不安でこわくて勉強よりも何よりも一番知りたいことはそのことで、狄佑浪燭里燭瓩棒犬るのかということでした。
犹爐妨かって生きている瓩箸いΔ里法誰もそのことを問題にもしていないようで、なぜ皆、平然と過ごしていられるのか不思議で、自分だけがのぞいているこの不安な世界はいったい何だろうと思っていました。表面的には明るく部活に受験勉強にと普通に装いながらも、心の奥では結構深刻な問題でした。しかし、このままでは前に進むことができないので、とりあえずこの問題は棚に上げて、いずれ犹瓩来るまで、今やるべきことをやらなければと気持ちを切りかえ、その事はいろいろな事柄にまぎれて、忘れていたわけではありませんが月日は流れてゆきました。

狄佑浪燭里燭瓩棒犬るのか、めぐみ幼稚園に子供を通わせ導かれたことで、棚上げされていた問題に再び出会うこととなりました。
結婚して子供がいて子育て真最中にもかかわらず、体力、気力、すべて弱っていたあの頃、漠然とした不安を抱え、まだまだ自分探しをしていた私に牧師先生は、

「そのままで、そのままの貴女でいいんですよ。あの人でもこの人でもなく、何ができるとか出来ないとかでもなく、他の誰とも違う貴女の存在こそが大切でかけがえのない存在として神さまから愛されている、だから大丈夫、欲張らないで。」

本当に驚きました。後にも先にも「そのままの貴女でいい」なんて誰にもいわれたことのない、何かカチャッとチャンネルが合ったというかスイッチが入ったというか、体力、気力が弱っていたからこそ出会えた心に響く忘れられない言葉でした。
クリスチャンになろうとかなりたいとか一度も考えたことのない私でしたが、子供の幼稚園卒園と同時にお母さん達も卒園してゆく中、この「時」を逃したなら二度と会うことのない大切な出会いの中にいることを強く感じていました。

また、賛美歌が大好きで、いろんな賛美歌を心地よくうたっていたある時、特別好きという程でもない、余り気にとめていなかった344番、

「とらえ給え わが身を 主よ み心示して
       日々まことを 教えて 放ち給え 罪より」


と歌っていると、勝手に涙が溢れてきて、それが悲しいとか嬉しいとかではなく、わけのわからない涙で、何とかこらえようと必死になってもおかまいなしに涙が止まらず、うたうことができませんでした。
自分でも気づかない心の奥の素直な気持ち、そして切なる願いを、その時の涙を通して知ることとなりました。

「すべてに時があり、神のなさることはすべて時にかなって美しい」
と聖書は語ります。

29年前の出会いの時がなければ、今の私はこの場にいなかったと思います。
ありのままの自分、当り前に思える日常のすべてに、イエス様の愛が注がれる時、すべてが愛しく誰にも犯されることのない確かな世界を手にすることへの限りない喜びが感謝と祈りに変えられてゆくことを、そのことにこそ「主にある希望」へ導かれることを感じています。

最後に、大好きなヘンデルの歌があるのですが、

「ああ、感謝せん ―― わが命、今日までみちびきませり」

今日証したかったことは、このことに尽きるかと思います。


〔分かち合い〕

■死ぬことが子供の頃から恐かったという話に共感しました。なぜ大人は平気でいるのだろうと不思議に思ったことも。主イエスに信頼して死の恐怖から解放されたことも。

■賛美歌を感激のあまり歌えなくなったという話。説教を聞いていても泣けてしまうことがあります。それは自分の心が聖霊によってみ言葉に感じやすくなっているのでしょう。

■ずっと心にあたためていた疑問が、時あって応えられて解決されたということ。そこに神さまのご計画の成就があるのでしょう。いろいろな経緯を経て救われた話があります。

■教会に幼稚園があることも恵みです。また、きっかけとなった牧師先生の優しい言葉にも感謝です。ありのままの自分でよいから、イエスさまの愛を受け入れたいですね。

■いつもの聖歌隊のご奉仕を感謝します。この日も、松村牧師夫妻のほか、練習前の聖歌隊のみなさんが参加されていて、証しのあとまた練習に出かけられていました。

■新来者や求道者の方もふたりいらして、その証しもよかったです。息子さんの病気のためにみんなで祈ってきましたが、その手に十字架が見えたというお証がありました。

:niko: :ha? :bye:


投稿者 : ws 投稿日時: 2008-02-16 14:18:58 (2434 ヒット)

◆今回は山中智恵子の処女歌集「空間格子」から読んでみた。

◆教会に満ちる敬虔な信仰の声が洪水伝説と相まって、創世の神による創造と洪水を信じるような歌、また縄文以来の現世的な精神の日本の風土を批判するような歌がある。

◆星の歌をよく詠んでいて、どれも美しい光を放つ。天に輝く星群を見るうち、妙なる音色に自分の罪も癒されてゆく。星を詠みながら、罪と癒しの思いが込められている。

◆男性との愛の想いが歌われる歌もある。つまずきの石、われをゆるさずとあるのが罪意識なのだろうか。そんな弱い心を見つめる、聖母の慈愛のまなざしをも詠んでいる。

◆だが、神と垂直に無辺際の落下をすると言い、神にすら見せぬ素顔を持つと言う。聖書の神にふれ、自分の罪のこころを見つめながら、また遠ざかってゆくのが残念だ。

◆山中の歌にキリスト教的な要素が見られるのは初期のうちで、次第に彼女の歌からは聖書の神は薄れて、日本的な神々の世界に回帰してゆき、「巫女」と呼ばれていた。

◆続く歌集「紡錘」「みずかありなむ」にもキリスト教的な歌が見られるが、今回は処女歌集のみにした。なお、彼女は長寿を保ったが、一昨年2006年の11月に世を去っている。


* * * * * * * * * * * * * * *



 教会はクレドに満てり 風下の濡れた土手の下の羊歯の化石

 皿の上に載せられて青き魚とレモン 切り離されしレクイエム・ミサ

 捧げるものなくなりしといふ物語の絵 石庭に来て叫ばぬ石あり

 日に日は継ぎて相分つなき布を縫ふ 楽観の族劫罰よりとほき

 肉に賭けしこと易し 縄文土器の方形の口照らされて

 離されゐし陶片をつぐ 伝説の洪水いつも静かに来り

 山茶花の花をつなげる夜の糸 バッハの楽章かがやきて凍る

 癒されしこと不思議に思ふ夜の空アルデバランはつややかな瞳

 はればれと座を占めしものは天のすばる不信の手さへキトンにかくさぬ

 思ひがけず曲りし道に風絶えてあふれるばかりの星群と罪と

 つまずきし石は清潔な貌をもてり無辺際われをゆるさぬ凝視

 愛と別離それも背景はてしなき所有の嘆きジオットの聖母

 無辺際の落下にあればためらはず神と垂直にわが身を投げむ

 掌のくぼみにたまれる水をいとほしむわれを裁くはこの河の神

 柿の枝の黒きをみれば神にすら見せぬ素顔となりてゆくらし


* * * * * * * * * * * * * * *


投稿者 : ws 投稿日時: 2008-01-21 16:33:43 (2102 ヒット)

【作者について】

◆南原繁(なんばらしげる)は専門の歌人ではないが、東大総長も務めた政治学者で、平和主義者として活躍、戦後の民主化運動に貢献した無教会派のクリスチャンである。

アララギ派の万葉調の素朴で質実な歌を学び、戦前から戦中にかけての十年間の思いを詠んだ歌を集めて戦後出版された歌集『形相』は、斉藤茂吉から絶賛されたという。

「形相」は「ぎょうそう」ではなく「けいそう」と読み、アリストテレスのいうギリシャ語の「エイドス」で、変わり行く時代の人間と世界の諸相を写したものである。

昭和11年の226事件から昭和20年の東京大空襲まで、年ごとに起こった事件や戦局のようすを日記のように歌にしたため、平和を祈る思いをつぶさに記している。

内村鑑三、津田左右吉、三谷隆正、浅野猶三郎、ヒルティやドストエフスキー、バッハといった信仰や学問の先達や同志に宛てた歌が多く、敬意や共感が篤く詠まれている。

◆最期を看取った老母、早くに先立たれた、戦死してゆく教え子たち、一介の無名の信徒であった小出義彦の母かずなど、身近な人々への挽歌に特に心を打つものがある。


* * * * * * * * * * * * * * * *


・うたがはず十年過ぎ来て いまのわれに懺悔のこころ湧くといはむか

・救はれてありとし思ふたまゆらは われのいのちの生けりとぞおもふ

・さもあらばあれ われ神を信じつつありのままなるいのちを遂げむ

・受難曲ききてかへり来る 夜の空のうつくしくして月傾きぬ

・かの日には 聖きと智慧と真実を求めあへぎつつ死にしと記せ
 
・かなしみの極みにありて 風を静め湖を歩み給ひしイエスを信ぜむとす
 
・われ五十になれる今日まで 吾を愛しみいつくしみつつ死に給ひし母

・日米英に開戦すとのみ 八日朝の電車のなかの沈痛感よ
 
・学生にてありたる君等 たたかひにいのち献げて悔なしといふか
 
・戦のときといふとも 戦のときなるゆゑに真理は学ばむ
 
・ただならぬ時代の流れのなかにして 汝がたましひを溺れざらしめ
 
・戦のむしろ後なる 国民の底力しもわれはおもはむ
 
・美しきものはわが見て善きものは読みてぞ置かむ 明日は死すとも
 
・けふよりは詩編百五十 日に一篇読みつつゆけば平和来なむか
 
・真夜ふかく極まるときし 東の暁の光のただよふにかあらし                        
                     〔話:大田雅一兄〕


投稿者 : ws 投稿日時: 2008-01-21 15:07:28 (1794 ヒット)



≪大切なことは神さまがすでに私たちひとりひとりに備えていてくださっている≫

証し:O.O.さん(女性会)

 私はもう20年近く前に、ちょっとしたチャンスがあって、美容の学校に行ったんですね。一年間コースだったんですけれども、原宿にありまして、そのころはまだそういう学校が少なかったんです。そこで何をするかというと、人に向かってこの方をきれいにしてあげましょう、自分ではこうやっているけど、ここのところもうちょっとこうするとこの人らしい性格があふれてきて、きれいにチャーミングになるわという、そういうことを引き出してあげるというやり方の学校だったんです。
 私が目指すのは、中高年に向かって、だんだん自分に自信が持てなくなるようなそういう年代の人に向かって、何かちょっとしたことをやることによって、明るくなっていけるようにするということで、その学校に行ったんでした。
 かぶって大変だったんです。私、勤めてもいましたし、子どもも授業参観とかそういうのもありましたし、忙しかったんですけれども、行ったわけだったんです。
 こういう顔かたちの人にはこういうヘアスタイル、このくらいの背丈の人には長さがこのくらいの髪がよろしいとかいう、いろいろルールがあるものなんですよね。そういうことを全部一年間終わって、そして最後に、だれかモデルを自分なりに連れてきて、その人をきれいにして、卒業制作というんですが、それをやって終わりになったんです。
 それでその卒業式の時に、校長先生が、「どんなにきれいに、自分を、人をこさえても、その顔にスマイルがなかったら、それはもう何にもならない。ぶすっとした顔で、いろいろなブランド系のかっこうをしていても、美しくないんですよ」と、スマイルということがとても大切だということを、延々とお話ししてくださったんですね。

 その一年間のコースの中に何日間か、ウォーキングというのがあったんです。すばらしい背の高いモデルであった方が、そのウォーキングというのを教えてくれたんですね。その方は一日だけの時間でしたから、全部を教わるというわけにいかなかったんだけれども、その方は「やはり何といっても、背筋を伸ばしまょう。いろいろな人と、お辞儀をするとか、お茶を出してくるとか、何をするにもいろんな動作が人にはあるけれども、とりあえず、背筋を真っ直ぐにしたまま動いていれば、たいていはきれいに見えます」というのがあらかたの話だったんです。
 結局、一年間、あれだけの月謝を払って、私が「そうだ、そのとおりだ」と思って、一番大事に思って学んだことは、そのスマイルとウォーキングでした。背筋をいつも伸ばしているということ、それは女性の言葉で言うと、肩はそのままでよろしい、腰骨と胸の間を、ずーっと伸ばしていることで、男性も実は同じなんですね。それが、コツなんだそうです。

 さっきのスマイルの話になりますけれども、私たちも、例えば、すてきなお洋服を買うとします。それでうちへ帰って着てみたらば、なんだかここが合わないわっていうので、またきれいに包んでお店に持っていきます。ちょっと取り替えてもらいたいけど、だれに言いましょうと、ちょっと見回しますよね。そういう時にやはり、にこにこした店員さんにどうしても引き寄せられて、「あの、これ……」と行くでしょう。
 やはり、いつもスマイルがあるということは、人を寄せつける力があるんですね。
 それから、時代劇のお侍の、小次郎と宮本武蔵がそうしたかはわからないんですけれども、いざ真剣にこう向き合って、というシーンがよくありますね。その時、片方が、「むふふふふ……」と笑いますよね。そうすると、するともう一方のお侍は「えっ?」となるでしょう。スマイルというのは、ある意味で、凶器にもなるんですよね。
 あと、小さい子ども、最近一年くらい前に孫ができたので、その子のようすを見ていると、時々、がたんと倒れたりぶつけたりするわけですね。その時、孫が、ぱっとこちらを見るんです。その時、私が、にこっと笑ってやると、泣かないでそれで終わってしまう。そういう例もたくさん見ていらっしゃると思うんです。そこを、「大変、大変」というと、子どもはわあっ泣くんですよね。そういう時のスマイルというのは何なんでしょうね。

 結局、この学校で学んだ一番大切と思われることは、私たちひとりひとりに神さまが等しく用意してくださっているということです。スマイルひとつでもこれだけの使い方があるし、美しく見えるということも、背筋を伸ばしているということでかなりの使い道があります。大切なことはすでに、私たちひとりひとりに神さまが与えてくださっているんだということを、その一年間で学んだのでした。
 私たちクリスチャンは、神さまイエスさまに愛されていて、ほんとうに満ち足りた日々なんですから、常にその顔にはスマイルがあって、にこにこしていていいんですよね。それで当たり前なんだと思っている。
 松村秀一先生の忘れられないメッセージのひとつに、「クリスチャンというから、地味に地味にこさえて、目立たないように地味にして、道路もどぶに落ちんばかりにして端っこを歩いて、目立たないようにというのが、クリスチャンなんではありません。喜びをいっぱいに表して、ぱあっとしていて、どうぞ派手に自分をこさえて、堂々としていていいんです」というお話をうかがったことがあります。それが忘れられないで、女性としてはうれしくて、そうだなあと思ったんですね。男性も同じだと思うんですけれども。
 イエスさまに愛されていて、この人生に確信があって、日々喜んでいく人は、やはりいつも、スマイル。それが、「あなたいつもにこにこしてるわね、どうして?」と聞かれるきっかけにもなって、ひとつの伝道のきっかけにもなるのではないかと、小さなできごとですが、私は思うんですね。私の証はここまでです。

 年とともに、だまっていても口角がさがってきて、くちびるの上にもしわができてきて、ほんとうにそれを解決するには、いつもスマイルしていればいいんです。会社の人でも、上のほうの余裕のある人は、いつもにこっとしてるでしょう。にこにこしている人は、いつも余裕があるように見えますしね。(みなさん、松村先生を見て思わず笑い)
 よくこういう証の最後に、私の好きな聖書の箇所を挙げるといったようなことがあるでしょう。私の場合、けっこう時々開くのが、マタイ伝の一章で、たくさんのカタカナの名前が出てきますよね。あそこにはいろんな人がいて、ほんとうに正しい人ばかりではなかったかもしれません。本当にいとしくって、ひとりひとりの名前を、思いをもって見ていると、ほんとうに涙ものだなと思うんです。この箇所は、ほんとに好きです。私もいるかもしれないし、あの人もいるかもしれない、正しい人ばかりではない。そう思います。


〔分かち合い〕

「いつも喜んでいなさい。何事にも感謝しなさい。」という言葉を思い出した人、「笑う門には福来たる」と言う人、感謝とスマイルの大切さをみなさん話し合っていました。

・Oさんはご病気をしたこともあるそうですが、そんな時も本人はいつもにこにこしていて、かえって回りの人が励まされるといったことがよくあったというお話でした。

『少女パレアナ』(ポリアンナ物語)という、不幸な環境に喜びを見つけていく「喜びゲーム」をする少女がみんなを明るくしていくという小説が話題になっていました。

・特に男の人など、あまり笑わないでいるほうがいいという人もいますが、へらへら笑うのではなくて、にっこり穏やかに微笑んでいる人は感じがいいねと話していました。

・教会から出てくる人がみんなにこにこしている。それを見た人も、なんだか楽しそうだなあと思う。それがひとつの証になり伝道にもなっている、そんな話も出ていました。

〔お祈り〕松村誠一先生/MKさん


:ano:    :niko:    :peace:   :ganb:


投稿者 : ws 投稿日時: 2007-12-26 17:28:16 (2069 ヒット)

証し:K.W.さん(女性会)



結婚まで一度も家を離れて生活をした事がなく臆病の私が、牧師の妻として鹿児島に行くにあたって希望と共に恐れの気持ちがありました。その時に与えられた

「恐れるな、私はあなたをあがなかった。私はあなたの名を呼んだ。あなたは私のものだ。あなたが水の中を過ぎる時、私はあなたと共にいる。川の中を過ぎる時、水はあなたの上にあふれることがない。あなたが火の中を過ぎる時、焼かれることはない。炎もあなたに燃えつくことがない。」(イザヤ43:1-2)

のみ言葉は私を強くして下さり、主人からも

「山は移り丘は動いても、我が慈しみはあなたから移ることはなく、平安を与える我が契約は動くことがない、とあなたをあわれまれる主は言われる。」(イザヤ54:10)

のみ言葉を送られていましたので、とても励まされました。

一年間無牧師後の鹿児島の地に遣わされました。そして赴任一年目に教会付属幼稚園園児の父兄が次々に救われるという恵みにあずかりました。

    「福音宣教のために牧師は使わされている。」
    「聖霊によらなければ誰もイエスを主と告白することはできない。」


と信じて疑わなかった私はとても嬉しく、主への恵みに感謝し賛美をしておりました。この地での様々な出来事の中で神様の不思議な恵みの業を見せて頂き、又多くを学ぶことが出来ました。

私たちが水戸に移りましてからも、その頃救われた方々から「私どもは○○に引越しましたが子供が救われました」とか「主人が救われました」とお手紙などを頂き、主の救いは本物でしたし、確かに神様のなされたことと改めて感謝致しました。

鹿児島から水戸に移り、仲の良い7人の年配のご婦人方がいらして、ご自分の子供のような年齢の私たちのために本当に良く祈り支えて下さいました。この頃は夫婦で朝、晩と一日2回の家庭礼拝を守ることが出来まして感謝でした。

その後会堂再建のお話がありましたが、移転するかどうか全員一致の賛成を得るまで祈りつつ話し合いを持つということで、4年間の準備の後、会堂建築のために仮会堂に移りました。
旧会堂が建っていた場所は初めは静かな住宅街でしたが、私たちが行きました頃は水戸市一の飲み屋街となっておりまして正面玄関前はラブホテルの入り口、左にゲイバー、右にカラオケバー、裏に早起きの会がありました。郊外に広い土地を祈り求め、1坪の土地の値段がどのように決まるのかも分からない群れの出発でしたが、最終的には私たちには新しい土地が与えられ、建築まで仮会堂に移ることになりました。仮会堂は狭く人々は会堂からはみ出し立ち見礼拝状態、そしてこの頃若夫婦達に次々に子供が産まれまして、会堂建築という大変な時に一番賑やかに感じることが出来ました。主の恵みに感謝です。

その後、旧会堂の土地を買って転売して儲けようとした業者が倒産したということを後で知りまして、目に見えない神様のお守りの中にあったことを深く感謝致しました。

「神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである。」(汽灰螢鵐1:25)
「それは『誇る者は主を誇れ』と書いてある通りである。」(汽灰螢鵐1:31)


のみ言葉を覚えて、本当に神様のみ名を褒め称えました。

色々なことが落ち着いて会堂建築も済み、兄弟姉妹とご一緒に祈りとみ言葉の学びそしてご奉仕を共にさせて頂き、救いの業も主のお恵みのうちに起こりましたので、生涯この地に住むのでしょうと思っておりました。
1996年のお正月に

「この地の全ての民よ、勇気を出せ、働け。私はあなた方と共にいると万軍の主は言われる。これは、あなた方がエジプトから出た時、私があなた方に約束した言葉である。私の霊があなたの内に宿っている。恐れるな。」(ハガイ2:4-5)

のみ言葉が与えられまして、(何の意味でしょう? 何故今ハガイ書なのかしら?)とずうっと不思議に思っておりましたが、その年の9月に日本聖書協会より主人に総主事として招聘の話があり、日本聖書協会のことは良く知りませんでしたが、み言葉を配る、伝える大事な仕事としてお祈りのうちにお受けすることになりました。お正月にハガイ書のみ言葉が胸に迫ってきたのは愛する水戸の地を離れなければならない私に、主が安心させ励まして下さるためのものであったとわかりとても驚きました。

又、常盤台教会に転会させて頂く時も、主の時を祈っておりましたが私には良くわかりませんが、主の絶妙なタイミングだったように思います。

そして、現在に至っておりますが、夫婦同伴で海外出張に共に行かさせて頂く時、お客様をお迎えしましての晩餐会などにホスト側として出席させて頂く時、又、常盤台教会でこのように恵みの集会にご一緒させて頂いています時、一つの御言葉が思い浮かびます。それは

「主なる神よ、何故私を、私の家などを、ここまでお導き下さったのですか? 主なる神よ、御目にはそれも小さなことにすぎません。」(サムエル下7:18-19)

という御言葉ですが、本当に今も不思議な思いで神様に感謝しております。



12月クリスマス会の報告
 
・K.W.さんのお証しを分かち合いました。牧師夫人として牧会に苦労されたことなど、貴重なお話に皆さん耳を傾け、その伝道のスピリットに新たに心を燃やされるお話でした。

・讃美歌の合唱の後、K姉のヴァイオリンとM姉のピアノによる合奏で、モーツァルト「アヴェ・ヴェルム・コルプス」、優雅な音色にみなさんうっとりしていました。

・新来者や求道者の方もお招きし、10月からいらした松村牧師も参加されて、多数のみなさんの出席で、歓談しながら楽しいクリスマスのひと時を過ごすことができました。

・N姉とM姉のコンビによって恒例のめぐみ座の人形劇「サンタさんているのかな」も好評でした。沖縄でも公演されたとか。N姉の自作エッセイの朗読もありました。

・KM姉が徹夜で考えた、クリスマス物知りクイズ20問。聖書で一番「愛」が出て来る文書はどれ? などけっこう難しかったです。松村牧師が一番、M姉が二番の成績。

・「クリスマスの詩供廚箸いΔ海箸如■老擦クリスマスの詩を六つ朗読しました。そのうちのひとつで、松村牧師が「何度聞いても涙ぐんでしまう良い詩」と言われたもの。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「星を動かす少女」  松田明三郎(あけみろう)

クリスマスのページェント
日曜学校の上級生たちは
三人の博士や
牧羊者の群や
マリヤなど
ふりあてられたが、
一人の少女は
誰も見ていない舞台の背後にかくれて
星を動かす役があたった。

「お母さん、
私は今夜星を動かすの。
見ていて頂戴ねー」

その夜、堂に満ちた会衆は
ベツレヘムの星を動かしたものが
誰であるか気づかなかったけれど、
彼女の母だけは知っていた。
そこに少女の喜びがあった。

      ☆

  :niko:   :ganb:   :wink:   :ano:   :ganb:  :niko:


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