< meta http-equiv="X-UA-Compatible" content="IE=Edge,chrome=1" /> 読み物・教会ダイアリー - 日本バプテスト連盟に所属するプロテスタント教会です
投稿者 : ota 投稿日時: 2007-07-06 09:54:53 (2479 ヒット)

壮年会誌「シャローム」第22号(2007.5.27)より

    イエス・キリストについての証し

  この方は、水と血を通って来られた方、
  イエス・キリストです。
  水だけではなく、水と血によって来られたのです。
  そして、猯遶瓩呂海里海箸鮠擇靴垢詈です。
  猯遶瓩録人だからです。
  証しするのは三者で、猯遶瓩反紊鳩譴任后
  この三者は一致しています。
             ヨハネの手紙一 5:6〜8

【1月の証し】三位一体の神    大田 雅一 (2007.1.14)

 年の初めに、キリスト教の基本である三位一体について、自分の証しをも交えて、お話ししたいと思います。この「三位一体」は、難しいとか、よくわからないということを、キリスト教の信者でない方から、よくお聞きします。
 実は、そういう私自身、クリスチャンでないうちはそうでしたし、正直言いますと、バプテスマを受けてからも、時々、よくわからなくなったり、あるいは、少し疑ってしまったことすら、ありました。

 それは、どうしても、頭で、人間の理屈で、狭い智恵で、考えてしまうと、納得がいかなくなってしまうことがあるからでしょう。
 父と子と聖霊、三つのものが、三つでありながら、一つである。
 1+1+1が、3でなくて、1になる。
 単純に考えると、おかしいと思われるかもしれません。


投稿者 : hayashi 投稿日時: 2007-05-21 09:31:50 (2528 ヒット)

証し「切実に生きる」   Y.O.(女性会)


心を尽くして主に信頼せよ  
自分の知識に頼ってはならない  
すべての道で主を認めよ  
そうすれば主はあなたの道を  
まっすぐにされる。 
 (箴言3:5〜6 ) 

この句は、1997年に常盤台教会会員の方々がハワイへ伝道旅行をなさった際に、 渡辺牧人牧師が、しおりにご自身のライフ・ヴァースとして書かれたものです。  
今日、私は
1)最近のオリベット・バプテスト教会の方々のこと  
2)科学と宗教の関わり  
3)切実に生きる 等を中心に、私の短いハワイ滞在生活から学んだことをお話させて頂きたく存じます。

1)歓迎の心溢れる人々
 丁度今から十年前に行われました常盤台教会伝道チームによるこの旅行は、その各ペ ージのご感想文から、神の恵みと讃美にあふれた旅だったこと、また当時の渡辺邦博牧 師ご夫妻を始め、会員の方々の温かいご歓迎振りが伝わってまいります。その年から1 0年後のオリベット教会では、渡辺牧人ご夫妻を中心に、日本語部では60名余りの会 員の方々が日曜礼拝に出席され、変わらぬ厚い友情の念を体いっぱいで訪問者に表して 下さいます。  
  会員の方々の活動は、主日礼拝、教会学校、聖書研究祈祷会、聖歌隊練習、婦人会活 動、クリスチャンフラダンス練習、アウトリーチ活動(毎週木曜日に行われるバプテス ト学生センターでのランチサービス)等、積極的に行われております。
  またローカルテ レビチャンネルのKIKUテレビでは、毎月曜の朝に30分間ニューライフラインの放 映があり、宗教番組専用の局もあるローカルラジオでは日本語の宗教番組が定期的に放 送されるのですが、渡辺牧人先生はどちらにも頻繁にご出演なさって、その熱い伝道活 動を続けておられます。

2)科学と宗教の接点  
 このテーマを追求するチャンスを頂いたのは、そのKIKUテレビで今年の3月5日 に放映された、とあるインタビュー番組でした。その日のゲストである名取通弘氏は、 宇宙航空研究開発機構(JAXA)にて「展開モジューラ機構」を研究しておられる教 授で、日本のロケット打ち上げにも貢献されておられるほどに、宇宙材料工学にご造詣 の深い方。
  その日の番組では、「宇宙に神の創造の技を見る」という内容のお証をなさ りました。お話は、教授ご自身の受験勉強との闘いに関してから始まり、大学で聖書に 出逢われたこと、そしてご専門の物理学へと続きます。トンボなどの昆虫の、体の屈折 や羽の拡張の様子を折り紙で表現なさりながら、「小さい昆虫の余りに巧妙な体の仕組 みに感動し、深遠な天体宇宙から眺められる地球、ましてや人間の極小さについて、そ れまでの考えを一新させられ、よって科学の力の限界と創造主の存在を直感するに至っ た」と語られました。  
 番組を拝見して、科学と宗教の接点に興味を抱いた私は、ハワイから帰国後、名取氏 以外の方がお書きになった文献に関しても調べてみることにしました。  
 田中角栄研究や脳の解説書など他分野の研究でも知られる立花隆氏は、「21世紀の 今日、遺伝子の分析活発化に伴い、従来の高等生物への進化論(原核生物から真核生物 へと高等化する進化)は訂正され、細菌類のゲノム解読から好熱菌がヒトの直接祖先と する説や、海水の熱水噴出孔周辺で最初の生物が誕生したという説が存在している」と 前置きした上で、「深刻化する環境問題の中で、ヒトはその知識を総動員して、世界の 良き世話役になるべきである。
  そして人間の活動範囲は百年、千年単位の未来には、太 陽系外宇宙にまで拡大するであろう」と述べています。これはプリンストン大学のL・ シルバー教授の「神の領域は存在しない」という考え方に同調していると見られています。
 しかし一方で、その説に異を唱えているのが、「人間に未来はあるのか」と生命操作 の近代科学に警告するG・R・テイラー氏や、「遺伝子問題から宇宙論に至るまで立花 氏には賛成できない」と反論する佐藤進氏、更には科学と宗教問題が専門の科学者ジョ ン・ポーキングホーン氏です。  
  まず佐藤進教授は、DNAの発見者であるクリックの言葉を引用しながら、次のよう に指摘しています。 「全生物の系統図は、立花氏が描くものほど単純ではない。古細胞、真性原核細菌と 真核細胞の間には、実に20億年という歳月の隔たりがある。その間の発展過程は未だ 不明で、様々な説は単なる憶測に過ぎない。そもそも宇宙の生成確率にしても10の1 23乗分の1という天文学的数値なのだから、その極小の確率の中で起こる事象などは 正に奇跡のようなものだ。同様に、生命体の構成にしても、自己組織現象は未だ不明で ある。数十億年の進化を経た確率はそれこそ10の1000乗分の1であり、生命の発 生は奇跡そのものである」  
 またジョン・ポーキングホーン氏は次のように述べています。  「複雑で豊かな現代社会の中で真の理解を追究した時、人間には宗教と科学双方の助 けが必要となる。神を信じることで人の精神が照らされ、一方でその知識から得た真実 に応答することを、神より求められる。図式でお示しにならない神は「無限」だが、パ レスチナに於いて紀元1世紀に生まれたイエスは「有限」の存在である人という歴史。 我々は、そこから事実を受け入れるべきである。そうすれば、宗教と科学は闘争の関係 で無く、「真実の追究」という同じ目的を持つ兄弟姉妹のような関係に位置することが 理解できるだろう。この世に存在する苦悩や悪は、神の側の弱点、過誤、無関心によっ て生まれるものではなく、神の創造に不可欠な要素として存在する。言い換えると、こ の宇宙にまだ発展の余地が残されていることを意味するのだ。神は傍観者ではなく、苦 悩に参加し、理解しようとなさる。キリストの十字架の意味もそこにあり、苦悩の最も 深いレベルで人間に対して答えておられる。困難を伴う信仰への決定は、経験を通して 与えられるものなのである」  
 冒頭の名取教授のインタビューをきっかけに、このような方々の言葉に触れることに よって、私はこれまでの聖書解釈の不確かな部分を鮮明にして頂きました。私の祈りに 対する神のお答えに感謝するばかりです。

3)切実に生きる
 「よく生きるのでなければ意味が無い」とはソクラテスの言葉です。しかしこの「よ く生きるとは何か」に関しては、哲学的にも文学的にも解釈していません。  
  日野原重明先生は「イエスの十字架と復活による赦しを感じ受け入れることにより、 我々は生き返るという信仰を持つことが出来る。しかし、切実な生き方を求めない限り 、信仰の入り口から奥へは進めない」と説かれ、更に以下のようなゴットホルド・ベッ ク宣教師の言葉を紹介しておられます。  「死の恐怖や不安と無関係な安らかな死というものは、人間によって得られるもので はありません。神の前に罪を悔い、イエスを受け入れることによってもたらされるもの だからです。死とは終わりではなく、キリストと共に居られる最高の幸せの始まりであ ります」  
 また、米国のオスラー教授やキリスト教思想家のヒルティは次のように述べています 。  「忍耐によって、人間は真に人間らしく生きることが出来る。何故なら、病気などの 苦難や試練に遭うと、それについて考え、そして祈り、その結果その意味が分かるよう になるからである。試練は厳しいが、神の恵みであると知れば耐えることができるであ ろう。神の恵みは目では見えないだけだから、希望を持ちなさい。忍耐によって神の国 に列することが出来るという信仰を持ちなさい。その信仰は、周囲の人々の支えや友情 が加わることによって、一層強まるであろう。教会は善人の集まりではなく、傷ついた 者も喜びあふれる者も、主を仰ぎ慰めを得る場所である。希望を持ち、礼拝に加わる経 験を重ねることによって信仰を深めるべきである」  
 さて、神の恵みは見えませんが、用意して下さっていた恵みに気付くこともあります 。私たちがハワイに滞在していた間の、神からの最大の贈り物は、オリベット教会の方 々の温かいおもてなしの心。更には、今は亡き民家正純牧師が続けて下さった私の主人 のためのお祈りにより、ハワイで主人は自ら進んで、週に2度も教会に通うようになっ たことです。彼はまだ信仰への門の入り口に近付いてはおりませんが、時を待って門に 入れるよう、お祈りしております。  
 そのハワイのオリベット教会では、献身的な看護をなさっておられる姉妹や、厳しい 試練の中で闘病をされながら主を見上げて信仰生活をしておられる兄弟姉妹と出逢いま した。私たちには、未だ多くの試練が残されております。常盤台教会とオリベット教会 の方々のお支えを、神の恵みとして感謝しながら、深い生き方、そしてみことばに強め られた生き方が出来るようにと願って止みません。  最後になりますが、詩の一部を紹介させて頂き、私の話を終わります。   

 【最上のわざ】
この世での最上の仕事は、何であろうか。 ……  

人のために働くよりも、素直に人の世話になり
弱って、もはや人のために役立たなくても  
親切で柔和でありたい。  
老いの重荷は神の賜物、  
古びた心に自分で最後の磨きをかける。 ……  

そして何もできなくなれば、  
それを謙虚に受け入れよう。  
神は最後にもっともよい仕事を残して下さる。  
それは祈りだ。 ……

愛するすべての人に、神の恵みを願うために。 ……     
      (H・ホイヴェルス神父の祈りより)

∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ 

〔分かち合い〕
★渡辺牧人牧師のお働きについて、常盤台時代・ハワイ時代について、ご存じの方やそ うでない方を含めて、いろいろなお話が出ていました。

★ハワイ伝道の時のパンフレットの感想文集、また現在のハワイの写真などを見て、お 話が楽しく盛り上がっていました。

★科学と宗教の調和、科学で解明できないことのあること、万物を創造された主なる神 の存在を信じることについて、深遠なお話が交わされました。

★恵みを知り試練に耐えること、賜物として老いを受け入れること、人のために祈るこ と、切実に生きることなど、意義深いお話でした。


【 日本文学とキリスト教  歌人シリーズ第2回 北原白秋】大田先生     

【取り上げた詩歌】

歌集『菜の花』より 哀傷篇ほか 23首
歌集『雲母集』より 薔薇静観・種蒔 8首
詩集『白金の独楽』より 薔薇二曲 罪人 他ト我
歌集『雀の卵』より アッシジの聖の歌 雀の宿4首
歌集『海阪』より トラピスト修道院の夏 41首

 【作者について】

*北原白秋は詩人シリーズで取り上げたが今回は歌集を中心に詠んだ。

*初期の歌集『桐の花』で有名になるが、ここには人妻との道ならぬ恋で夫から訴えら れた事件が反映していて、強い罪の意識が詠まれている。

*自らを罪人と思う時に、人は赦しの神、愛の神を求めていく。『雲母集』『白金の独 楽』は白秋が内面的に最も神に近かった時期だとうかがえる。

*深い自然観賞、内面探求は『雀の卵』に受け継がれていくが、3度目の結婚で生活が 安定して、次第にまたキリスト教的な神からは遠ざかる。

*しかしキリスト教は題材としては歌われ続け、特に『海阪』のトラピスト修道院を訪 れた時の連作は傑作であり、内面的な傾倒も見られる。

∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞

・嘆けとていまはた目白僧園の夕の鐘も鳴りいでにけむ

・鐸鳴らす路加(ルカ)病院の遅ざくら春もいましかをはりなるらむ

・罪びとは罪びとゆゑになほいとしかなしいぢらしあきらめられず

・薔薇の木に薔薇の花咲くあなかしこ何の不思議もないけれどなも

・虔ましきミレエが画に似る夕あかり種蒔そろうて身をかがめたり

・白薔薇ふふむは紅し修道士のひとりは前を歩みゐにけり

・聖堂のステンドグラス午ちかしをさなかるかもこの基督は

・弥撒(ミサ)過ぎぬ修道院裏は毛の紅きたうもろこしの一面の風

・月出でて明るき宵や修道士たち今は帰り来木のフォクもちて

・こよなくも聖体盒のにほふなり何か美しくわれが泣かゆも

・空晴れて鐘の音美し苜蓿(つめくさ)の受胎の真昼近づきにけり

∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞  


投稿者 : admin 投稿日時: 2007-05-01 07:44:56 (2112 ヒット)

【日時】5月6日(日) 13:00〜
【場所】常盤台教会 地下一階 4号室にて

【証し】大川嘉子さん(女性会) 13:00〜
【日本文学とキリスト教】歌人シリーズ第2回《北原白秋》14:00〜

:bye:


投稿者 : admin 投稿日時: 2007-04-30 23:22:50 (2169 ヒット)

讃美:新生讃美歌 519 「信仰こそ旅路を」
祈り:和気晴美さん

証し:SKさん(女性会)


 

みなさま、こんにちは。

私にとってWelcome Sundayは、近くて遠い場所という位置付けにありました。それというのも求道中、早朝礼拝に出席していた時にKさんから何度もお誘いをいただきながら参加できないままにいたからです。今日こうして証しをする機会が与えられ感謝しております。
今日は私がバプテスマを受ける前と受けた後のことについてお話しさせていただきます。まずはバプテスマを受ける前のことをお話しします。

私がときわ台教会に来るようになったのは、長女がめぐみ幼稚園に入園したことがきっかけでした。子育てに役立ち、教養が深まるかもしれないという軽い気持ちから、水曜礼拝にも早朝礼拝にも出席しました。
当時の牧師先生が「知っただけ、わかっただけの神様を信じればいい」とお話しされていましたが、聖書を読み知識がふえればふえただけ、いかに自分が神様から遠い存在であるかを感じていました。

そんななか、ときわ台から大泉学園に引っ越しをし、幼稚園も転園を考えましたが、先生方やお母様方などたくさんの人に助けていただき、無事卒園することができました。ここで一般的な幼稚園であれば、卒園と同時に幼稚園に行くことはなくなるのでしょうが、めぐみ幼稚園は教会付属の幼稚園ですので、教会に来ることができましたので、休みながらも水曜礼拝に出席し、グレースアンサンブルでの讃美も続けられました。

ここでグレースアンサンブルについて説明します。30年程前に結成された女声聖歌隊です。現在は教会員のHKさんの指導のもと、水曜礼拝での讃美を中心に、イースター礼拝やクリスマスの夕べでも讃美をしています。メンバーの多くがめぐみ幼稚園の在園、卒園のお母様たちです。このグレースアンサンブルでの讃美を通じて、主日礼拝に出席すること、讃美歌を歌うことで、神様のみ言葉を心にとどめておくことができました。

このようななかでも、私はこのままクリスチャンになれないかもしれないとすごしていました。そのように感じていた理由は、私は私の嫌いなところがたくさんあったことや、教会で様々なご奉仕をされている方々のお姿を見ると、どなたもすばらしく、同じようなことはできないという気持ちからきたものでした。

そんな思いを抱いたまま月日が流れ、2004年の秋にあるミッションスクールの文化祭に行った時のことでした。合唱祭の様子がビデオに映っていて、讃美歌が聞こえてきました。その時に、神様の存在が確信できたように思いました。それまで持っていた不安を打ち消すようなうれしさで心が満たされていました。
そして、その年のクリスマス礼拝にバプテスマを受けました。

次に、バプテスマを受けた後、クリスチャンとなった今現在のお話になりますが、私は私のままで、自分の嫌いなところもなかなか変えられずにいます。しかし、バプテスマを受ける前後に信仰生活基礎講座があり、その名の通り、信仰生活について学ぶのですが、そのなかには、私の存在は神様から遠いところにいるなあと思うこともありましたが、「いつかは愛にあふれたイエス様のようになること」を目標にすれば良いのだと気持ちを変えることができました。

また、大きな不安を感じていた教会での奉仕も、自分の能力以上のことをしようと私ががんばるのではなく、できることを心を込めてすればよいのだと気付かされました。

今こうしてふりかえると求道生活を9年送り、その後2年少しの期間、教会生活を送っていることに、神様のご計画があり、いつも私たちのそばにいて下さり、必要なみ言葉を音楽というかたちや文字にして示して下さっているのだと、改めて感謝します。そして、これからも弱さを感じたり苦しいと思う時も、あきらめることなく、祈りを持って歩んでいきたいと思います。
つたない証しを聞いてくださり、ありがとうございました。

∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞

〔分かち合い〕

★ 幼稚園のお母さま方で、水曜礼拝や早朝礼拝、グレースアンサンブルの讃美歌の奉仕などから導かれる方もあり、常盤台教会に与えられている恵みに感謝しました。

★ バプテスマを受けるにあたっての不安、「わかっただけの神様を信じること」「いつかイエス様のようになること」にみなさん共感して、経験を分かち合いました。





〔日本文学とキリスト教 歌人シリーズ 第一回 与謝野晶子〕    大田先生



【取り上げた詩歌】

歌集「みだれ髪」から24首
 ほかに「小扇」「毒草」「恋衣」「舞姫」「佐保姫」「春泥集」「青海波」「夏より秋へ」「白桜集」

詩「君死にたまふことなかれ」

【作者について】

*与謝野晶子は晩年にキリスト教の洗礼を受けていた。

*彼女は自由奔放に恋に生きた女性というイメージが強いが、あらためて「みだれ髪」などを読んでみると、キリスト教的な内容の歌もかなり詠んでいる。

*「聖書」の「道」の教えと、恋との葛藤や仏教との軋轢に悩む歌、「小羊」のイメージの「君」の歌もあって、若い頃からキリスト教に魅かれていたようだ。

*与謝野鉄幹と熱烈に恋し結婚、12人の子をもうける一方で多作な作歌活動を続けて家庭を支え夫をフランス留学させるなど、自立した「新しい女性」を実践した。

*詩「君死にたまふ」に見られるような、日露戦争当時に詠まれた大胆な平和の思想は、キリスト教の平和の精神から来ているように思える。

*鉄幹の死後、亡くなる前年にカトリックの洗礼を受けた。


∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞


 やは肌のあつき血汐にふれも見で さびしからずや道を説く君
 

淵の水になげし聖書を又もひろひ 空仰ぎ泣くわれまどひの子
 

聖書だく子人の御親の墓に伏して 弥勒の名をば夕に喚びぬ
 

春雨にゆふべの宮をまよひ出でし 小羊君をのろはしのわれ
 

水に飢ゑて森をさまよふ小羊の そのまなざしに似たらずや君
 

何となきただ一ひらの雲に見ぬ みちびきさとし聖歌のにほひ
 

聖マリヤ君にまめなるはした女と 壇に戒えむ日も夢見にし
 

ゆるしたまへ二人を恋ふと君泣くや 聖母にあらぬおのれの前に
 

戸あくればニコライの壁わが閨に しろく入りくる朝ぼらけかな
 

君と行くノオトル・ダムの塔ばかり 薄桃色にのこる夕ぐれ
 

十字架の受難に近き嶋と見ゆ 上はくろ雲海は晦冥

∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞

祈り:大川嘉子


投稿者 : admin 投稿日時: 2007-03-24 22:38:56 (2268 ヒット)

4月1日午後一時から教会地下4号室で行います
証し:古根村聖子さん(女性会) 13:00〜
歌人シリーズ第一回《与謝野晶子》 14:00〜


3月4日のウェルカムサンデー 13:00〜



讃美:新生讃美歌 559 「わが主イエスよ」
祈り:金香萬壽子
証し:K.G.さん(青年会)


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