「 イエスの語る旧約の福音(1) 創世記『神が結ばれた者たち』 」

 四福音書には、主イエスが聖書(旧約)を引用し、神のみ旨を語られたことが記されます。今回のシリーズは、旧約全39巻を通して、主イエスが語られた福音の良き訪れ(Good News)を共に分かち合います。
 「創世記」には、天地創造の神が、男と女(夫と妻)を互いに必要不可欠で、助け合う関係存在としてこの世に命を与えたと宣言します。神に結び合わされた二人の存在関係は、永遠の時の中で神の祝福を受けはずのものでした。しかし、罪と男性優位の社会に育まれた歪みゆえに、モーセの律法(申命記24:1)が一方的に女性に離縁を言い渡して良い根拠とされていました。当時、ユダヤ教の中でも、離婚を正当化する聖書解釈、倫理観が二つに割れて議論されており、ファリサイ派の人々はイエスを試すためにこう尋ねたのです。「何か理由があれば、夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか(19:3)」。ところが主エスの返答は、右か左か、対立する彼らのどちらにも軍配を上げませんでした。右派でも左派でもなく「神の恵み(派として)」を語られたのです。つまり彼ら(男性ばかり)の主張を正当化するのでなく、「人が独り(孤独:lonely person)でいる」ことなく、互いに「助ける者(創2:18)」として、父母を離れて二人は「神に結ばれ」「一体(わたしの骨の骨・肉の肉)」となって歩む、喜びの原点に立ち返ることを主イエスは気づかせようとされました。それは単なる離婚禁止という宗倫理的な視点でなく、女性をも愛する神の恵みの視野に立ち、男性が不当に離縁する横暴を「姦通の罪を犯す」ことだと厳しく迫ったのです。
 「夫婦の間柄がそんなものなら、妻を迎えない方がましです(19:10)」と叫んだ弟子のように、神に結ばれたことを信じることなく生きる夫婦関係で、傷つき傷んだ人々がいることをいつの時代も神が誰よりも知っておられると語られます。そこで主はこの対話の最後に、「独身(結婚せず一人でいる者):solitude person」への神の恵みの視座(マタイのみ)を語られました。結婚が人生の全てではないこと。更に独身者として生きる三つの立場にある人々(19:12)への愛の眼差しが注がれ、結婚と同様に神の祝福の中にあることが語られるのです。
 右か左がという人間の視点から論争することなく、神の驚くべき恵みに感謝して、様々な立場の人々を受け入れる神の愛をイエスは語るためにお生まれくださったのです。だからマタイは福音書の冒頭で宣言しました。「イエスの名は「インマヌエル:神は(様々な違う立場に生きる)我々と共におられる」と呼ばれる(1:23)」。私たちが救い主イエスと共に歩む時、全ての人が「神に結ばれている者」であることを互いに認め合い、「恵まれた者」として歩ませて頂けることを主に感謝いたしましょう。

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