「 イエスの語る旧約の福音(19)『黙する時、語る時』 」友納靖史牧師(2019/08/04)

[聖書]ヨブ記40章1~14節、ルカによる福音書4章31~37節
 「義人が理不尽な苦しみを経験するのはなぜか」。旧約知恵文学として魂の苦痛に真っ向から取り組み、影響を与え続けるヨブ記。この書の結論は「全能の神ではない人間が、人生の苦難の意味を完全に理解することはできない」と語ります。冒頭に、サタンが神と対話し、ヨブの信仰を試みる許可を得た物語から始まり、中間部では、絶望的苦難に見舞われたヨブを訪ね、最初は沈黙していた友三人が、苦しみの原因は、ヨブが罪を犯したに違いないと責めていく様子が描かれます。慰めたいと願っていたはずの友人たちが、その過酷な現実に衝撃を受け、友なるヨブの苦悩を受けとめきれず安易に答えを出そうとする(人間の)姿が描かれます。何よりもサタン(そそのかす存在)の悪意によって全てが混乱させられていくこの物語は、今も私たちの内に働く「神ならぬ惑わしの声」の存在に警告を与えます。最終場面、ヨブが神からの語りかけにより、我に返り、「わたしは軽々しくものを申しました。どうしてあなたに反論などできましょう。わたしはこの口に手を置きます」と答えます。こうして冒頭でヨブが神に対して発した次の告白のように、人には計り知れない苦悩の意味と結論を出さず、黙する者へと再び立ち返ったのです。「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ(1:21)」。
 主イエスの宣教活動の一つに、悪霊との戦いがあります。神から人間を引き離す力、神の時・計画を混乱させる悪霊を主は許されませんでした。イエスは『神の聖者』、『悪霊の力を打ち砕くために来られた』と語る悪霊の告白は的確なものでした。けれども主イエスは神の時が来るまで、そのことを「黙れ」と命じ、悪霊の束縛からその人を解放されました。その後、大祭司やピラトの面前に立たされた主は、必要以上のことは黙して語られませんでした(マルコ14:60・15:5)。何よりも新約全体を通して証言されるのは、この地上で最も理不尽な苦しみを受け、絶望の淵に立たれたお方こそ、神の御子・イエスご自身であられたこと。また神のご計画に最後まで従い歩まれ、十字架での死後三日目に復活されたイエス。私たちが自らの苦しみの意味を問う前に、苦しみの先にある神の祝福を見つめておられたこの主イエスに目を注ごう、と聖霊なる神は今も語られます。
 キルケゴールは「本当に『黙する』ことのできる者だけが、本当に『語る』ことができ。本当に『黙する』ことのできる者だけが、本当に『行動する』ことができる」と語りました。ヨブが語ることをやめ、黙したように、私たちも今は、「黙する時なのか、それとも語る時なのか」と、御言葉と聖霊の導きによって神の時を知り、神の業を実現する信仰を育んで頂けることを感謝します。

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