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3.15主歴2020家庭主日礼拝ビデオ『過越の時③』

[聖書]出エジプト記15章22~27節(15章1~27節)
 東日本大震災から9年。今年、何人もの被災者の方が「日常の当たり前と思っていたことが、決してそうではないと学ばされた」と語られた言葉が深く胸に響きました。コロナウイルスにより日常が奪われた今、その意味を少し理解する者とされていたからでしょうか。
 エジプトでの奴隷生活から解放され、大きな危機を乗り越えて、神の備えられた約束の地へ向かう期待に胸を膨らませたイスラエルの民。しかし次々と襲い掛かる現実の課題に心が大きく揺れ動きました。砂漠の移動中、三日間も水分補給が出来ず、遂に発見した泉は苦くて飲めない水だったからです。数日前には驚くべき奇跡を目の当たりにしたにも関わらず、神の存在を忘れ、苦々しい感情が民の口々から湧き溢れました。それを聞いたモーセも神に叫び声をあげます。そこで主は彼に一本の木を示し、モーセがその木(片)を苦い水に投げ込むと、その水は甘くなり、人々が安心して飲むことの出来る水へと変えられたのです。旧約聖書学や自然植物学的な視点からすると、浄化作用を持つある種の木(いなご豆?)の樹脂や葉には、水質を変える効用を持ち、神の奇跡が実際に行われたと証言しました。主はまずモーセに「もしあなたが、あなたの神、主の声に必ず聞き従い、彼の目にかなう正しいことを行い、彼の命令に耳を傾け、すべての掟を守るならば、わたしがエジプト人に下した病をあなたには下さない(15:26)」と語られ、彼を試みられます。なぜ神がそのようなことをされたのか、その意味がこう説明されます。「その所で主は彼に掟と法を与えられ(るためだっ)た」と。あの「十戒」が神から与えられるのはまだ先のことですが、この「掟と法」とは、全ての基となる主なる神への信頼(信仰)、つまり主イエスにより後代明らかにされた「最も重要な掟<黄金律>(マタ22:34-40)」のことです。実に多くの民を指導するモーセに対して、神は彼の信仰を試されました。「わたしはあなたをいやす主である」と宣言されたお方は、全ての病や呪い、苦悩を、苦い水が甘い水に変えられるように、主なる神の愛を信じる時、身体的な病の癒し以上に大切な神の愛を信じる者へと変えられることが証しされています。
 新約の視点からこの箇所を読むと、苦い水に投げ込まれた「木」とは主イエス・キリストの「十字架の木」であり、私たちの罪が赦され、癒される予型(神学用語:旧約に救い主の予兆や予め啓示された型・ひな型)でした。後になって示される重要な意味を含むからです。賛否ありますが、罪を犯したアダムとエバに与えられた「皮の衣」(創世3:21)などのように、人間の思いを遥かに超えた主なる神が人間を救うため計画された神の愛がにじみ出ている箇所だとしても不思議ではありません。主なる神にあっては無意味な苦しみはないからです。
 イスラエル民族が長い旅を終え、この時の出来事を忘れないため、この場所を「マラ(苦い)と呼んだ」(15:23)と記録し、語り伝え(民数33:8-9)ます。何よりも、聖書全体からイエスの十字架を振り返る時、この苦い罪に満ちた世界に主なる神はその独り子イエスを犠牲にして、私たちを滅びの道より救い出し、赦しと救いに表される神の愛(甘美)の中に生きる者へと変えられた驚くべき業は、人間の思いを遥かに超えています。
私たちに今、与えられた人生の水はどのような味でしょうか。もし苦いと感じるなら、モーセが主を信頼し、その苦みのある所に主の言葉を信じて木を投げ込んだように、今こそ十字架の主イエスご自身を、あなたの心の内に投じてみましょう。なぜなら、「主の律法は完全で、魂を生き返らせ、…金にまさり、多くの純金にまさって望ましく、蜜よりも、蜂の巣の滴りよりも甘い(詩19:8-11)」からです。

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