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礼拝
友納靖史

常盤台バプテスト教会 2024.5.12 主日礼拝 あなたが存在する理由⑦「見捨てられた・・・と感じる時」友納靖史牧師【ヘブライ人への手紙 13章5b~8節】(新共同訳 新約P.419)


礼拝出席カード



音声メッセージ

礼拝終了後掲載いたします。通信料が心配な方はこちらからご視聴ください。
礼拝プログラム
前奏                  
招詞    ヨシュア記 1章 5・9節   司式者
祈祷                        司式者
賛美    新生59番「父の神よ 汝がまこと」
献金感謝
聖書    ヘブライ人への手紙 13章5b~8節
特別賛美  
宣教    あなたが存在する理由⑦「見捨てられた・・・と感じる時」  友納靖史牧師
祈祷
賛美    新生103番「望みも消えゆくまでに」
頌栄    新生668番「みさかえあれ(A)」
祝祷
後奏
宣教概要
 「自分は神に見捨てられたのではないか…」と、自分の願い通りに人生が運ばない時、孤立感を覚えることがないでしょうか。あるキリスト者たちはその心境をこう表現しました。「魂の暗黒期」(サン・ファン・デラ・クルス)。「暗黒の訓練」(A.W.トウザー)。「神の不在の訓練」(ヘンリ・ナウエン)…と。人生の苦難を通され、孤独を覚える時、それを神の訓練として受けとめ、耐える信仰をどうしたら育むことができるのでしょうか。ヘブライ人への手紙の最終13章では、キリスト者自らが人生の終着点を見据えながら誠実に生きることを勧め、特に世の様々な誘惑に惑わされやすい自らの脆さを自覚しつつ(13:1-5a)、孤独感と焦燥感に陥る時の対処法が示されます。
 その最たる方法は、御言葉を用いて主なる神と対話することだと。まず5節には神が課題多き民・イスラエルを指導者モーセから託されたヨシュアへの神よりの約束と励ましの言葉が記されます。「わたしはモーセと共にいたように、あなたと共にいる。あなたを見放すことも、見捨てることもない。…うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる」(ヨシュア1:5-9)と。これは主なる神がモーセのみならずヨシュア、そして主を信じる者すべてに与えられる臨在の約束です。しかしながら、私たちにその神への信頼が揺らぐ「魂の暗黒期」が人生で訪れる時、神から離れ去っていくのではなく、神の声に聴き、対話し、応答する大切さが示されます。ダビデ王や多くの預言者もそうでしたが、主イエスは父なる神と日々対話を重ね、特に十字架の死に至るまで祈りによる対話を通し父の御心に従い続けました。その姿を目撃した百人隊長(マル15:33-39,ルカ23:26-47)、ニコデモら(ヨハ19:38-39)はイエスを主と告白する者へと変えられたのです。
 6節は詩編118編の引用で、主イエスが弟子達と過越の祭りを守った時(主が晩餐式を定めた日)に読まれた御言葉です。「苦難のはざまから主を呼び求めると、主は答えてわたしを解き放たれた。主はわたしの味方、わたしは誰を恐れよう。人間がわたしに何をなしえよう」(118:5-6)とダビデが苦難の狭間で孤立感に打ち勝った信仰の歌です。ヘブライ書の著者は、キリスト者でも心揺らぎやすく信仰弱き者であるから、11章で「信仰の定義」(望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認すること)を心に刻むように勧めます。更に12章では「愛の定義」(当座は喜ばしく思えない鍛錬は愛する者を鍛えるための訓練だ)と語ります。それは“霊の父”として神は愛する者(私たち)を鍛え、それを通して生じる豊かな実り<熟練した品性と教会共同体の成熟>を与える目的と幻(ビジョン)を抱いておられると告げます。いかなる時にも忍耐強く対話を重ねることで、人は育てられます。そして良き対話が相互に積み重ねられ、御言葉の光の中に導かれる時、「魂の暗黒期」から解放され、誰一人として孤立することのない関係性が生じていくからです。
 今この社会は、人と人、神と人との対話の大切さが忘れられ、「おひとり様」と呼ばれる孤独な老後を甘んじて受けるような社会を助長する傾向にあります。キリスト教会はいつの時代も社会の課題にいち早く敏感で、それらの問題に寄り添い問題解決のリーダーとして仕えてきました。孤独死を防ぎ、誰も弔う人がいない個々人とお墓の問題についても、かつて日本で神式の結婚式からキリスト教式が求められたように、時代の要請に対して、より積極的に教会が社会を主導することが出来れば何と素晴らしいことでしょうか。
 あの百人隊長やニコデモ達のように主イエスと出会って信仰を得た人々が、その後、地上でキリストの教会の交わりへと導かれるため、私たちも御言葉による神と人との対話の訓練が必要とされます。それを導かれる聖霊なる神と今日そして明日も日々、対話と信頼を深めて参りましょう。