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礼拝
渡部 信

常盤台バプテスト教会 2024.5.26 主日礼拝 「人生の土台は?」渡部 信牧師【マタイによる福音書 7章24~27節】(新共同訳 新約P.12)


礼拝出席カード



音声メッセージ

礼拝終了後掲載いたします。通信料が心配な方はこちらからご視聴ください。
礼拝プログラム
前奏                  
招詞    コリントの信徒への手紙 一 3章10~13節   司式者
祈祷                        司式者
賛美    新生492番「わが身の望みは」
献金感謝            
聖書    マタイによる福音書 7章24~27節
特別賛美  新生264番「霊の火燃やしたまえ」1.2.4節
宣教    「人生の土台は?」渡部 信牧師
祈祷
賛美    新生279番「イエス君のみ名は」1.2.4節
頌栄    新生668番「みさかえあれ(A)」
祝祷
後奏
宣教概要
 今日は、聖書の中から「人生の土台は?」と題してご一緒にみ言葉を学びましょう。今日の聖書の箇所は、マタイ福音書とルカ福音書の2か所にイエス・キリストの教えとして記されています。内容は、信仰を求めながら、み言葉を聞いて実践する人は岩の上に家を建てた賢い人。み言葉を聞いても実践しない人は砂の上に家を建てた愚かな人。なぜなら、雨が降り、川が溢れ、風が吹いても家が倒れない人は、土台が岩の上に建てられており、家が倒れてしまう人はその土台が砂の上に建てられたので、災害時には大きな被害を被るであろう。まさに地震や川の氾濫で毎年、日本の国が経験している私たちがよく知っている実情がここに書かれています。特に大震災の時には、倒れる建物と倒れない建物があります。イエス・キリストはこの災害時に起きる現象を私たちの人生の歩みに適応して話されました。どのような土台の上に自分の人生設計、生活設計を建てたらよいのか、よく注意しなさいと、問いかけてくださっております。
聖書の他の箇所では、コリント人への手紙一の3章で「神から賜った恵みによって、わたしは熟練した建築士のように、土台を据えた。そして他の人がその上に家をたてるのである。しかし、どういうふうに建てるか、それぞれ気をつけるがよい。なぜなら、すでにすえられている土台以外のものをすえることは、だれもできない。そして、この土台はイエス・キリストである」と書かれています。
神さまは私たちの人生に楽しい時、悲しい時、両方を造られました。また成功する時も、失敗する時も両方造られました。しかし、もし将来、砂を土台として歩むなら、悲しい時、失敗する時に、すぐその土台は崩れてしまうでしょう。旧約聖書のコヘレトの書には、そこで「神は人に永遠を思う心を与えられた」と記し、永遠の神の命を求めよ。だから若い時に神を信じて歩みなさいと勧めております。
しかし目に見えない神さまを信じるには、ただ神さま信じますと、その存在を信じることではありません。その神さまはどういう方であるか、目印を知らなければなりません。真実で、愛の方で、約束を守られる方であるとか、その導きを信じて神さまの御言葉に従うことから始まるのです。
イザヤ書54章にはこう書かれています。「山は移り丘は動いても、わが慈しみはあなたから移ることなく平和を与えるわが契約は動くことがないとあなたを憐れまれる主は言われる」。私たちが立っているこの大地、山や丘がたとえ動いても、神さまの慈しみは移ることはない。神は必ずあなたを愛し、平安を与え、救われる。これは私の好きな聖句で、若い時からこの神のみ言葉を信じてコミットメントして来ました。人生の土台とは、何か固定した土台があるのではなく、神さまのみ言葉と結ばれる契約、約束が、私たちの動かない土台となるのです。これを「人は信じる信仰によって神は義としてくださる」という大切な目印です。私たちは不信仰なので、何か悪いことが起きると、神さまからの罰ではないかと恐れたり、或いは降りかかった不幸を心の中で自分を責めます。それは本当に間違った信仰、神さまのイメージです。神さまは、イエス・キリストをこの世に遣わされたことによってすべての人々を「愛し希望を私たちに与えて下さる」約束の神さまとして、ご自分を顕現されました。罪と滅びの恐怖を自らの死をもって贖い、私たちの人生の土台を、このキリストに示されたのです。これこそ全ての人々にとって本当の人生の土台となるもの、他の所にあるものでなく、私たちの内にある信仰による土台なのです。そして救われた私たちにへは更なるステップ、祝福の恵みまで用意されました。