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礼拝
森 崇

常盤台バプテスト教会 2024.9.8 主日礼拝 人生を導く善き力27週目 キリストに似る⑥「ファイト!フッカツ!」森 崇牧師【ヘブライ人への手紙 4章14~16節】(新共同訳 新約P.405)


礼拝出席カード



音声メッセージ

礼拝終了後掲載いたします。通信料が心配な方はこちらからご視聴ください。
礼拝プログラム
前奏    「小さなかごに」  エンジェリックリンガーズ(第一礼拝)            
招詞    詩編23編 1~4節    司式者
祈祷                        司式者
賛美    こどもさんびか55番「ちいさいひつじが」
献金感謝            
聖書    ヘブライ人への手紙 4章14~16節
特別賛美  
宣教    人生を導く善き力27週目 キリストに似る⑥「ファイト!フッカツ!」 森 崇牧師
祈祷
賛美    こどもさんびか130番「いつくしみふかい」
頌栄    新生669番「みさかえあれ(B)」
祝祷
後奏
宣教概要
 私たちには避けどころが必要です。ダビデがサウル王に追われたとき、エン・ゲディの要害にとどまったように(サム上24章)、人生の逃れ場、隠れどころが必要です。絵本作家のヨシタケシンスケさんとNPO法人「ライフリンク」は今春、インターネット上に子どもたちのための「かくれが」となるサイトを開きました。名前は「かくれてしまえばいいのです」。この世から消えてしまいたいと思ったときに、いつでも避難できる居場所としてこれをつくりました。ヨシタケさんは心配性で不安になりやすいので、サイト内には自分が言
ってほしい言葉をちりばめています。多くの人がアバター(分身)で参加をし、つらい気持ちを抱えた人が自分だけではないことが実感できる場所です。
 教会は、みんなの避けどころです。私たちは生きるうえで様々な課題や痛みを負うことがあります。教会は嵐のような人生から身を守るシェターであり、避難所です。まずは体と心の安全が守られ、また自分の人生の意味について聖書を紐解きながら、気持ちを分かち合うことができます。教会では礼拝と教会学校があります。礼拝は神さまに賛美と祈りをささげ、聖書の言葉を頂き自分自身を神さまの前にささげる時です。教会学校では、聖書を中心として、学び、分かち合う場所です。バプテスト教会では全年齢層で参加をし、これを大切にしています。互いを理解しあい、受け入れあうだけではなく、神さまの自分自身に対する希望の計画を知る時を持ちます。ぜひ、礼拝と教会学校、この大きなふたつを大切にして頂けたらと思います。
 本日の礼拝ではサドルバック教会からPEACEミッショントリップチームを迎えて共に礼拝を捧げています。私は2013年にサドルバック教会に教会研修で行かせて頂きました。その中で、金曜日の夕方にセレブレイトリカバリー(以下CR)という集会が行われていました。薬物やアルコールなどの依存、家族や人間関係の痛みや課題がある方々が集う集会です。キャンパスの外にホットドックのブースがあり、そこでの憩いや語らいから、礼拝、そして小さい集まりに分かれていきました。この集会はリカバリー(回復)のためだけではなく、新しい自分を発見するディスカバリーとも呼ばれる集会です。この集会で参加者は①自分の力では問題を解決できない(=自分は神ではない)ことを認め②神の力が弱い自分の中に働いていることを信じ③自分の課題や痛み、誘惑を小集会で分かち合い、④神にある自分の人生の計画を知ることが大切にされています(『回復へ道』リック・ウォレン著)。  
 主イエス・キリストは私たちの弱さに同情できない方ではありません。私たちが受ける様々な誘惑=試練をお受けになり、そしてそれに勝利された方です。私たちの避けどころとは、この主が共にいてくださる教会です。ヘブライ人への手紙では神の子イエスが父なる神との関係性を取り持つ大祭司(※仲介者)であることを告げています。この主イエスがいてくださることによって、私たちは「公に言い表すことができる信仰」を持っています。皆さんはどのような信仰をお持ちでしょうか。ヘブライ書ではイエスの十字架と復活への確信が中心点です。即ち、「御子イエスは私たちの罪のために永遠の贖い・赦しのためにただ一度、十字架に架かってくださった」「御子イエスは復活され、今も生きておられる」。御子イエスは十字架において「試練を受けて苦しまれたからからこそ、試練を受けている人を助けることがおできになる」(3:18)のであり、このイエスさまがおられる場所は「永遠の救いの源」(5:9)です。この方は私たちのためにご自分を奉げられつつも、同時に復活者として共に生きておられます。
「イエスは永遠に生きているので、変わることのない祭司職を持っておられるのです。…
この方は常に生きていて、人々のために執り成しておられるので、ご自分を通して神に近づく人たちを完全に救うことがおできになります」(7:24-25)教会は確かに私たちの避けどころです。しかし私たちが勇気をもって出ていけるのは、復活の主が常に共にいてくださるからです。さぁ今から、ファイト!復活!