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礼拝
友納靖史

常盤台バプテスト教会 2025.12.7 主日礼拝 「愛は、恐れない」友納靖史牧師【ヨハネの手紙 一 4章14-19節】(新共同訳 新約P.446)


礼拝出席カード



音声メッセージ

礼拝終了後掲載いたします。通信料が心配な方はこちらからご視聴ください。
礼拝プログラム
前奏                  
招詞    マタイによる福音書 1章18-21節  司式者
祈祷                        司式者
賛美    教団111番「神の御子は今宵しも」
主の祈り
献金感謝
聖書    ヨハネの手紙 一 4章14-19節
特別賛美  ”小さな手” グレースアンサンブル 
宣教    「愛は、恐れない」  友納靖史牧師
祈祷
賛美    新生205番「まぶねの中に」
頌栄    教団106番「荒野の果てに」1.2節
祝祷
後奏
宣教概要
私たちは様々な「恐れ(英:Fear(フィア)/Phovbia(フォビア))」の感情を抱きます。大切な人や物を失う喪失への恐れ。拒絶され見捨てられる孤独への恐れ。未知なる将来への恐れ。特にいずれ訪れる「死」に対する恐れ。それらの根底には、自らの罪に対する裁きへの恐れがあります。「ヨハネの手紙」は、湧き溢れる人生の様々な恐れを取り除く力は、ただ神の愛を信じる確かさしかないことを宣言しました。「神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。こうして、愛が私たちの内に全うされているので、裁きの日に確信を持つことができます。…愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出します。なぜなら、恐れは罰を伴い、恐れる者には愛が全う(テテレスタイ:完了)されていないからです。」(ヨハ一4:16-18)。

旧約のテーマは、神の民であるイスラエルが神に背き続けることへの神の苦悩と裁きが中心であると思われがちです。しかしそれを超える神の慈しみと忍耐、人間には理解し難い驚くべき愛が随所に登場します。その代表にホセア書があります。預言者ホセアの妻は夫を裏切り淫行にふけり、そこで与えられた子らがいました。当然そのような女性は離縁され律法の裁きを受ける立場にありましたが、神はホセアにその妻と子らを迎え入れ、赦して愛すように命じます。この受け入れ難い神の問いかけにホセアは苦悩します。これこそ正に神の民イスラエルが神に愛されながら偶像の神を拝み神に背き、何度もその民を赦し愛して関わり続ける姿であることをホセアは悟らされ、感情ではなく信仰の決断として、恐れを乗り越えて背信の妻を愛し、神に従う姿が証しされます。

新約に入り、マタイ福音書(1:18-25)には、マリアのいいなづけヨセフが体験した苦悩と決断が証しされます。当時、正式な結婚前に約1年間の婚約期間は男女共に関係を持つことはご法度であり、それに対する厳格な裁きが定められていました。ところが自分の身に覚えのない命がマリアに宿ったことを知ったヨセフは、大いなる戸惑いと、それによってマリアと彼自身も共に家族と社会から受ける耐え難い裁きへの恐れを想定し、「マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した」のです。その彼に主の天使が夢に現れ、「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい」と語りかけ、マリアの懐妊は神の聖霊によるものであり、更にその子が神の民を罪から救う使命を託されていると、彼の理解を越える神の計画を知らされます。ヨセフは眠りから覚めると、主の天使の命じた通り、マリアを妻として迎え、イエスと名付けてマリアと幼子を守ったのです。このヨセフの決断は、当時の社会倫理、宗教倫理では赦されることも、理解されることもないと分かっていたはずです。けれどもこの時、マリアを深く愛し、主なる神への畏れを抱いていたヨセフは、正に「愛には恐れがない」との御言葉に基づいた決断へと導かれたのです。

果たして私たちは、この時代の社会通念や倫理観、宗教観、更には人からどう見られるかとの恐れを越えて、神が示され願う愛の実践をホセアやヨセフのようにできる信仰の決断が出来るでしょうか。「私にはできません」と叫ぶ私たちの心と魂に「わたしたちに対する神の愛を知り、信じます(ヨハ一4:16)」と宣言して参りましょう。なぜならイエス・キリストの十字架の犠牲によって救いが完了(全う)したことを信じ告白する時、私たちの内から恐れが取り除かれ、神の愛の内に留まり続ける者とされるからです。
〜心と家を整える習慣〜
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