礼拝
ダニエル・ライス
常盤台バプテスト教会 2026.1.25. 主日礼拝 「日曜日だけでない教会生活:神が望む交わりのかたち」ダニエル・ライス SBC宣教師【使徒言行録 2章42~47節】(新共同訳 新約P.217)
- 音声メッセージ
礼拝終了後掲載いたします。通信料が心配な方はこちらからご視聴ください。- 礼拝プログラム
- 前奏
招詞 ヨハネによる福音書 13章34~35節 司式者
祈祷 司式者
賛美 新生339番「教会の基」
主の祈り
献金感謝
聖書 使徒言行録 2章42~47節
特別賛美 「よわきものよ」聖歌隊
宣教 「日曜日だけでない教会生活:神が望む交わりのかたち」 ダニエル・ライス SBC宣教師
祈祷
賛美 「One Voice」
頌栄 新生669番「みさかえあれ(B)」
祝祷
後奏 - 宣教概要
- 現代社会では、血縁を超えた「新しい家族」のように、互いに支え合い、時間や資源を分かち合うネットワークが増えています。ひとり暮らしの高齢者や子育て中のシングルペアレントが定期的に集まり、食事や日常生活を共にすることで、友情や安心感、居場所の感覚が育まれています。小さな喜びは共有されることで何倍にも増え、人生の重荷は分かち合うことで軽くなります。同様に、日常的に練習を重ねるスポーツチームの例でも分かるように、頻繁に集まることが結束力と効果、喜びを生みます。集まることの意図的な努力が、チームや共同体を健全に育むのです。
使徒言行録2章42〜47節は、初代教会の生き方を具体的に描いています。信徒たちは、①使徒の教えに従い、②深い交わりを大切にし、③パンを裂き(主の晩餐と日常の食事を共にすること)、④祈りに身を捧げる――この四つを中心として生活していました。これらは偶然の行動ではなく、イエス・キリストへの献身と教会に対する意図的な選択の結果でした。信徒たちは日々の生活の中で霊的成長と交わりを実践し、教会生活を日常化していたのです。
この献身的な生き方の結果、信徒たちは神の働きに対する畏敬を抱き、互いに資源を分かち合う犠牲的な共同生活が生まれました。これは共産主義のような強制的な平等ではなく、各自の所有を保持しながら、共同体の必要のために自発的に分かち合う姿です。このような共同体生活には時間や快適さ、感情的エネルギーを差し出す犠牲が伴いますが、それはイエスの愛に根ざした互いへの愛から生まれるものでした。結果として、彼らの交わりは神を賛美する喜びに満ちたものとなり、周囲の人々に好意や信頼を生む力ある証しとなりました。
さらに、初代教会は、神殿での公の集会と家庭での小規模集会を両立させることで、日常的かつ継続的な交わりを維持していました。この二つの形態の集まりは、規模や形式は異なっても、互いの関係を深め、信頼を育み、必要を満たす場として機能しました。現代の私たちにおいても、通信技術や交通手段、集会施設を活用することで、日常生活における教会共同体の実践は可能です。ただし、これにも犠牲が伴います。互いに心を開き、予定を調整し、自宅を開放してもてなす――こうした意図的な関わりが、霊的な温もりと共同体の火を保つのです。燃えている炭が集まっている限り熱を保つように、継続的な交わりこそが喜びと証しを燃え続けさせます。
神学的には、この箇所は教会が本質的に聖霊によって形作られる共同体であることを示しています。初代教会は、使徒の教えを中心に、深い交わりと犠牲的な寛大さを通して、活きた礼拝と愛に満ちた関係を生み出しました。この共同体の姿は、単なる歴史的な理想ではなく、今日の教会への模範であり、召しです。つまり、私たちは日曜日だけでなく、一週間を通して神の御言葉への献身、真実な交わり、共にささげる礼拝、そして他者への配慮を生きることで、世界に見える形で神の愛を示すのです。イエスはヨハネ13章35節で、「互いに愛し合うなら、それによってすべての人が、あなたがたがわたしの弟子であることを知る」と語られています。愛による証しこそ、教会の存在意義です。
適用として、この共同体の姿は養子縁組に例えられます。信仰によって神の家族に迎え入れられた者は、新しいアイデンティティを受け入れ、互いに献身して日常生活の中で信仰と交わりを育む必要があります。初代教会の実践のように、意図的で規則的な集まりと互いへの配慮が、喜びに満ちた健全な共同体を形成するのです。現代の教会では、世代別グループなどに関わることが、この文化に参加する具体的な方法となります。
結論として、私たちは「週に一度だけの信仰」を超え、日々の生活の中で互いを支え合い、犠牲的な愛を実践する教会家族として生きることが召されています。そうすることで、地域社会にキリストの愛を映し出し、神の国の前味としてこの地に証を立てることができるのです。