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礼拝
嶋田和幸

常盤台バプテスト教会 2026.7.12 主日礼拝 ヨハネ福音書講解㊼「すべての人をひとつにしてください」嶋田和幸カンボジア宣教師【ヨハネによる福音書 17章20~26節】(新共同訳 新約P.203)


礼拝出席カード



音声メッセージ

礼拝終了後掲載いたします。通信料が心配な方はこちらからご視聴ください。
礼拝プログラム
前奏    Thanks be to Thee ああ感謝せん ホザンナベルクワイア(第二礼拝)         
招詞    詩編130篇5~6節  司式者
祈祷                        司式者
賛美    こどもさんびか114番「やさしいめが」
主の祈り
献金感謝
聖書    ヨハネによる福音書 17章20~26節
特別賛美  "ワンボイス~その日全世界が” 平野範子
宣教    ヨハネ福音書講解㊼「すべての人をひとつにしてください」  嶋田和幸カンボジア宣教師
祈祷
賛美    新生384番「語り伝えよ 神のみ言葉」
頌栄    新生672番「ものみなたたえよ(B)」
祝祷
後奏
宣教概要
 私たちはカンボジアに派遣されて11年になる宣教師です。皆さんは、「宣教」と聞いてどんなイメージを持たれますか?というのは、「宣教」というのは少しわかりにくい言葉だと思うからです。現地での活動には教会開拓や教育支援など様々な形がありますが、その中心には一体何があるのでしょうか。そのことを、今日の聖書箇所、ヨハネ福音書17章のイエスさまの祈りから考えてみたいと思います。
ヨハネ17章に描かれているのは、イエスさまが十字架に向かう直前、天の父なる神さまに向かって捧げた切なる祈りです。イエスさまはまず、ご自身の生涯を通して父の栄光を現してきたことを告げ、さらに「私に栄光を与えてください」と求めます。そして、自分が去った後も愛する弟子たちが悪しき者から守られるようにと祈られました。
そして祈りはクライマックスを迎えます。20節でイエスさまは、「彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします」と祈られました。ここでいう「弟子」とは、神さまの目的のために世界から選び分けられ、御言葉を信じ、この世の価値観に染まることなく世に遣わされる人々のことです。何のために遣わされるのか。それは、この世の人々が弟子たちの言葉を通して、イエスさまを信じるようになるためです。
続く21節で、イエスさまは最も大切な願いを口にされます。「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください」父なる神さまとイエスさまは、お互いの中にとどまり合うほど、深く親しい愛の関係にあります。だからこそイエスさまの言葉や御業は、すべて、父なる神さまがイエスさまを通してなさるものとなりました。そしてイエスさまは「わたしにとどまりなさい」と、私たちにもその深い交わりを約束してくださっています。
イエスさまの一番の願い、それは「すべての人を一つにしてください」という言葉に集約されています。それは、父と御子の間にある深い愛の関係が、イエスさまと弟子たちの間に広がり、さらに弟子たちを通して、文字通り世界中のすべての人へと広がっていくことです。世界中のすべての人がこの愛の関係に入り、父なる神さまが御子イエスさまを遣わされたのだと信じるようになること。これこそが、イエスさまの願いであり、弟子たちの使命なのです。
さらに24節で、イエスさまは「わたしのいる所に、共におらせてください」と祈られます。「わたしのいる所」とは、これから向かわれる十字架と復活の場であり、同時に、天の「父の家(神の御国)」のことです。そこは、イエスさまを信じるすべての人が、顔と顔を合わせてイエスさまと出会い、その栄光をはっきりと目撃する場所です。神さまの愛の完全な交わりの内で、すべての人が一つとなり、永遠を共にする場所。これこそが、宣教のゴールです。
宣教とは、神さまがイエスさまを遣わし、キリストが私たちをこの世に遣わすことです。私たちを通してすべての人がキリストを主と告白し、神さまをほめたたえるようになるためです。
ですから、ここにおられる皆さんは、一人の例外もなく「宣教師」です。日本でもカンボジアでも、私たちが遣わされた場所はどこであれ、それは同じです。イエス様は祈りの最後に「わたしは、御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます」と言われました。私たちは皆、宣教師としてこの世に遣わされ、これからもキリストの御名を人々に知らせていくのです。