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礼拝
友納靖史

常盤台バプテスト教会 2023.9.17 主日礼拝 実を結ぶ人生⑨「そこに信仰と愛はあるんか?」友納靖史牧師【ガラテヤの信徒への手紙 5章2~15節】(新共同訳 新約P.349)


礼拝出席カード



音声メッセージ

礼拝終了後掲載いたします。通信料が心配な方はこちらからご視聴ください。
礼拝プログラム
前奏                  
招詞    マルコによる福音書12章28~31節   司式者
祈祷                        司式者
賛美    新生59番「父の神よ 汝がまこと」1,3節
献金感謝            
聖書    ガラテヤの信徒への手紙 5章2~15節
特別賛美  新生463「こころの扉」1~3節
宣教    実を結ぶ人生⑨「そこに信仰と愛はあるんか?」  友納靖史牧師
祈祷
賛美    新生536番「燃え立つ言葉も」1~3節
頌栄    新生33番「輝け主の栄光」
祝祷
後奏
宣教概要
「召された」と使う日本語の意味には二つあります。一つは人が生涯を終え、主の御許に帰ること。もう一つは、滅びに至る罪より救われ、召命を与えられ新たな人生を歩み出すこと。どちらも人の意思によらず、神の一方的な恵みと招きより生じます。ガラテヤ諸教会に集うキリスト者にパウロは告げます。「あなたがたは、自由を得るために召し出された・・・ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせず、愛によって互いに仕えよ」。何よりも与えられた自由を肉の業(ガラ5:19)・肉の思い(ロマ8:6)に支配され自分のためだけに生きるような、信仰を得る以前の状態に逆戻りすることのないように呼びかけます。更に彼は、愛を含む御霊の実(5:22)の数々を隣人に分かち合い仕えようとエール(応援歌)を送りました。この個所が宗教改革者ルターを含め「キリスト者のマグナ・カルタ(自由大憲章)」と呼ばれた由縁がここにあります。

更にパウロは「律法全体は『隣人を自分のように愛しなさい』という一句によって全うされる(5:14)」と告げました。これは主イエスが律法ではなく、隣人を愛する行動を優先し歩まれ、次の主の言葉をパウロは聞き及んでいたのでしょう。「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。 互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる(ヨハ13:34-35)」。当時、律法をいかに忠実に守るかが正しい生き方で、それが神に喜ばれると信じられて、パウロもそのように生きていました。ところが復活の主イエスと出会い、神を愛したからではなく、罪深いままの私を神がまず愛され、御子さえ世に遣わして十字架で私の罪を贖ってくださったと知った時、パウロの人生は変えられたのです。ヨハネの手紙(ヨハ一4:10-11)も、「ここに(真の)愛があります」とその同じ真理を宣言し「愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛されたのですから、わたしたちも互いに愛し合いましょう」と勧めます。隣人を愛するのは人の努力でも、律法の命令に従うからでもありません。ただ神の愛の偉大さに触れ、聖霊が働き私たちをそのように押し出してくださるからなのです。一人一人が、この神に召され、今ここに生かされ、使命と愛に喜び生きる時、真の自由を経験します。ここに信仰と愛があるのです。

当時、ガラテヤ教会の混乱は律法や伝統を相手に押し付け、割礼を受けなければ完全なキリスト者ではないと主張する者らにパウロは義憤を覚え「キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です(ガラ5:6)」と叫びました。神の愛と教えに触れる時、割礼を受けたか否かは全く問題ではなく、一人一人の生き方に愛があるか否かこそ最も大切だと分かります。こうしてパウロは課題多き初代教会を切り捨て裁くのでなく、忍耐強く数多くの手紙を書き主の愛に従うよう祈る働きに召され従事しました。

人生の大きな選択を迫られた女医:小川正子(1902-43)は、塚本虎二(聖書研究家)が彼女の聖書に記した言葉に心揺すぶられ、名誉や地位を得る道ではなく、ハンセン病患者に仕え、キリストの愛を実践する困難な道へと召されました。そこにはこう記されていました。  

「生きてゆく日に 愛と正義の十字路に立たば

         必ず愛の道に就け」

 「ここに信仰と愛がある」と示されたなら、私たちも主に召される日まで、それぞれに召されたその道を恐れず歩む力を主から頂きましょう。



(例話:映画「こんにちは、かあさん」山田洋二監督)