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礼拝
友納靖史

常盤台バプテスト教会 2023.9.3 主日礼拝 実を結ぶ人生⑧「真の自由を満喫する方法」友納靖史牧師【ガラテヤの信徒への手紙 4章19~5章1節】(新共同訳 新約P.347~348)


礼拝出席カード



音声メッセージ

礼拝終了後掲載いたします。通信料が心配な方はこちらからご視聴ください。
礼拝プログラム
前奏                  
招詞    詩編 51章12~14節            司式者
祈祷                           司式者
賛美    新生3番「あがめまつれ うるわしき主」
献金感謝
主の晩餐  「マラナタ」            
聖書    ガラテヤの信徒への手紙 4章19~5章1節
宣教    実を結ぶ人生⑧「真の自由を満喫する方法」  友納靖史牧師
祈祷
賛美    教会福音讃美歌359番「私の望みは主イェスにだけにある」1,3,4節
頌栄    新生33番「輝け主の栄光」
祝祷
後奏
宣教概要
聖書の語るテーマの一つに「自由」があります。エデンの園でアダムとエバに与えられた「自由」。それは何でも自分勝手にできることではありませんでした。神より託された役目(園を耕し・守る)があり、ルール(園のすべての木の実を取って食べてよいが、善悪の知識の木からは決して食べてはいけない)を伴う自由でした(創2:15-17)。ところが彼らは与えられた豊かな自由を蛇の誘惑と自らの罪によって失い、楽園より追放されます(創3:22-24)。更にユダヤの民がエジプトの奴隷とされた苦悩より開放され自由とされた時、神はシナイ山において「十戒」をモーセにより民に授け、神と人間との間に秩序ある関係(律法)を築かれました。ところが、人々は神から離れ、神が預言者らを通して繰り返し神に立ち帰るように呼びかけても、悔い改めず、ユダとイスラエルの南北王国に分裂。更にバビロン捕囚によって他国の侵略により滅ぼされ、神の民は自由を奪われたまま長い時を過ごすことになったのです。

その人間のため、神は御子イエスをこの世に送り、救い主自らが人々の苦難を担い身代わりとなられました(イザ53章)。それを預言したイザヤの言葉「主がわたしを遣わされたのは、捕われている人に開放を…圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである(61:1-2)」が主イエスによってナザレの会堂で朗読された時、新しい神の国が到来し、神の愛の掟に従い、人は真の自由を得て歩む道が回復したのです。

使徒パウロは、ガラテヤの教会員が一度主の福音によって自由を与えられながら、再び律法主義に逆戻りした姿を嘆きます。「わたしの子供たち、キリストがあなたがたの内に形づくられるまで、わたしは、もう一度あなたがたを産もうと苦しんでいます」(ガラ4:19)。ガラテヤの人々を「私の子供たち」と呼ぶ程に、パウロは彼らを愛していましたが、霊的成長をせずに後ずさり、いや前より悪くなる姿に「途方にくれている」と率直に記します。

興味深いことに彼は、イエスの福音信仰に立って自由を満喫するキリスト者を比喩としてアブラハムの妻サラの息子イサクに重ねます。その一方、律法や肉なる力に支配され、奴隷のような信仰生活をする者をエジプトの女奴隷ハガルの間に生まれた息子イシュマエルに重ねました。この個所の神学的論争は今も尽きません。なぜなら、ハガルが苦しみの中にある時、神は御使いを遣わしてハガルを慰め励まし、彼女は「エル・ロイ(主は顧みてくださる)」と告白。その後も神は彼らを決して見捨てず、イサク同様に神の恵みの中に置かれる祝福が宣言されているからです(創16章と21章)。そうです、神はアブラハムに「あなたの子孫はイサクによって伝えられる。しかし、あの女の息子も一つの国民の父とする。彼もあなたの子であるからだ(創21:12-13)」との約束(創12:1-3)を守り続け、今は即ち神の御子イエスを信じる者すべて(異邦人を含めて)が同じ祝福に入れられるとの約束は、今も不変だからです(ガラ3:16他、ロマ4:16)。この信仰に立って読み解くと、肉によって生まれた(律法遵守)者は確かに今、奴隷状態にあり、“(聖)霊”によって生まれた(恵みの福音に生きる)者を迫害するかもしれません。ですがイエスを信じる者すべてを神は救いに入れるとの福音を信じるなら、一時的に世の様々な課題の中に置かれ迷い出ても、神は再び彼らをも真の自由を満喫する者として立ち帰る希望が残されています。ですからパウロは叫びます。「この自由を得させるために、キリストはわたしたちを自由の身にしてくださったのです。だから、しっかりしなさい。奴隷の軛に二度とつながれてはなりません(ガラ5:1)」と。私たちも共に愛する神の民のために執り成し祈りましょう。