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礼拝
友納靖史

常盤台バプテスト教会 2025.5.25 主日礼拝 ヨハネ福音書講解③ 「あなたの願いはなんですか?」友納靖史牧師【ヨハネによる福音書 1章29~42節 】(新共同訳 新約P.164~165)


礼拝出席カード



音声メッセージ

礼拝終了後掲載いたします。通信料が心配な方はこちらからご視聴ください。
礼拝プログラム
前奏                  
招詞    ヨハネ黙示録 5章12~14節    司式者
祈祷                        司式者
賛美    新生281番「み座にいます小羊をば」1.3.4節
主の祈り
献金感謝
〈第二礼拝 「Amazing Grace」ステパニュック・オクサーナ
              伴奏:比留間千里 >
証  し  “ウクライナ難民支援での神の恵み”
         ヨナシュ・スクシプコフスキ
<第二礼拝 「きみは愛されるため生まれた」 S. オクサーナ >
聖書    ヨハネによる福音書 1章29~42節
特別賛美  第一:「小羊イエスに 」   友納聖子
      第二:「主の祈り」  S. オクサーナ
宣教    ヨハネ福音書講解③「あなたの願いはなんですか?」  友納靖史牧師
祈祷
賛美    新生73番「善き力にわれ囲まれ」
頌栄    新生673番「救い主 み子と」 
祝祷
後奏
宣教概要
 ヨルダン川でバプテスマを授けていた洗礼者ヨハネは、主イエスが近寄って来た時「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と主を告白します(1:29,36)。それを聞きヨハネの弟子二人(一人はペトロの兄弟アンデレ)はイエスの弟子となる決意を固めました。そこで主は「何を求めているのか」と彼らに問われます。すると「先生(ラビ)、どこに泊まっておられるのですか」と答える彼らの不安な心の内を感じ取り「来なさい。そうすれば分かる」と主は答えます。一晩主と共に過ごしイエスこそメシア<油注がれた者>との確信へ変わり、アンデレは「(長年待ち望んでいた)メシアに出会った」と実兄シモン(ペトロ<岩・ケファ>)に証しし、共に福音宣教の旅へと歩み出しました。
 福音記者ヨハネはイエスこそ「世の罪を取り除く神の小羊」だと宣言します。旧約時代、神への罪の悔い改め、感謝と和解を意味する最大の奉げ物として「傷のない初子の小羊」が用いられました。モーセの言葉を信じ小羊の血を門に塗った家が救われる出来事を祝う過越しの祭り。更にエルサレム神殿の祭壇では大量の小羊の血が流され焼き尽く生贄として。王ダビデが罪を犯し、赦しを神に乞う祈りには「もしいけにえがあなたに喜ばれ、焼き尽くす献げ物が御旨にかなうのなら、わたしはそれをささげます。しかし、神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔いる心を、神よ、あなたは侮られません(詩51:18-19)」と神の真理が開示されてきました。にも関わらずイエスの時代に至る千年以上、数えきれない小羊や動物が犠牲となり、血が流し続けられたのです。福音記者ヨハネはこの書の後半で、主が十字架上で兵士から脇腹を刺し貫かれ「血と水とが流れ出た(19:34)」こと、また息を引き取る直前、「成し遂げられた」と言われ(19:30)、人間の罪の完全なる救いの完成「福音の神髄」を1章で伝えました。つまり「神の小羊・イエスこそ私たちを救うメシアであり、ご自分を犠牲にされたのでもうこれ以上、血を流す必要はない」と。
 福音書を執筆した約10年後、彼の住む世界はローマ帝国によるキリスト者への大迫害の時代を迎えていました。そこで、主なる神はヨハネに幻を見せ、悪を容認されるお方ではなく「世の終りにおいて、神の小羊なる主イエスが、父なる神と共に、人々の血を流した悪と悪人を裁かれる」ことを示された書がヨハネ黙示録です。終わりの時(新しい世界の誕生)には、あらゆる国民・種族・民族など数えきれない大群衆が「あなたは、<神の小羊として>屠られ・・・御自分の血で、神のために人々を贖われ…(黙5:9)」「屠られた小羊は、力、富、知恵、威力、誉れ、栄光、そして賛美を受けるにふさわしい方(黙5:12)として、永遠に賛美・礼拝するべき神的イエスの存在が開示されています。これはキリスト賛歌(フィリ2:6-11)に並び、「神の小羊」の地上での謙遜と従順さが、天上で誉と栄光へと変えられる大逆転劇の証しです(黙17:14)。何よりも悪の力に屈することなく、神にある歴史His-Story(神の物語)の結末を見据えて歩むことを励ます希望の賛歌です(黙7:9-17,他)。
 今も、世界各地で人間の尊い命が奪われ、犠牲の血が流され続ける中「私たちはどう関わったら良いのか」と自問自答し続けています。もし主が私たちに「何を求めているのか」問われるなら、臆することなく「戦争や争いが終結した平和な世界です。主よ、無駄な血を流す悪しき力を裁いてください」と。その時、「神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるため」であり、「神の小羊」として神ご自身が犠牲になられたのは一人も滅びることなく救い入らせるためである(3:16‐17)と、地上でその信仰に私たちも立ち続けることを想起し、武力による報復や血を流す側に立つことなく、復讐は神の裁きに委ねましょう(ロマ12:19-21)。そして、世の終わりに明らかとなる苦難と栄光の神の小羊イエスを信じ、徹底して隣人に愛し仕える業に徹した主イエスに従って参りましょう。ポーランドの兄弟姉妹がウクライナに対し行っている神の業を見習いつつ…。