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1.3主歴2021 フィリピの信徒への手紙2章19-30節 「兄弟姉妹から戦友へ」友納靖史牧師


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礼拝全体


メッセージのみ

礼拝プログラム
前奏           奏楽者
招詞           司式者
祈祷           司式者
賛美  70番 すべしらす神よ 1、2節 
聖書  フィリピの信徒への手紙2章19~30節  Philippians2:19-30
「主の晩餐」を覚えての黙想   “ひとつの聖霊”
宣教  「兄弟姉妹から戦友へ」 牧師 友納靖史
祈祷
賛美  94番 われらは主の民 1、3節 
献金感謝         司式者
祝祷
後奏
宣教概要
初代教会以来、イエスを主と信じ救われたキリスト者は、「神の子」とされ「神の家族」となり、親しみをこめて「兄弟<姉妹>」「聖なる者(聖徒)」と呼び合います。また使徒パウロは福音宣教のため、共に喜びや悲しみを担い合う人を「同労者(協力者)」とも。更に彼はキリストに従い、死さえも覚悟するような困難を共にした同労者を「戦友」と呼び、その一人がエパフロディトでした。
「喜びの書簡」と称されるこの手紙は、ローマの獄中よりパウロが地上での生命の終わりの危険を感じながら、フィリピの愛する教会の人々へ書き送ったものです。特に当時、バプテスマを受ける人が告白したとされる「キリスト賛歌(2:6-11)」、その信仰に基づきパウロの語った「共に喜ぶ秘訣」(2:12-18)」は、フィリピという一教会を越え、今に至るまで全ての教会で、健全な信仰形成の基・信仰告白となりました。しかし2章19節以下の箇所は、個人の心情が綴られた私信で、パウロにとって「兄弟」以上の関係であった、テモテとエパフロディトに対する熱い思いが溢れ、この二人をフィリピへ送り出すための推薦文です。テモテのことを「わたしの子」と呼ぶように(テモテ一1:2)、パウロ自身と「同じ思いを抱く(フィリ2:20)」最も信頼する特別な存在だったことが多くの書簡を読むと分かります(コリ一4:17他)。一方、エパフロディトはこの書簡にしか登場しません。彼は、投獄され困窮するパウロに愛の献金をフィリピ教会の代表として届け、ローマに滞在中、死に瀕する何か大きな病から回復したのです(2:27)。そして、具体的な理由は書かれていませんが、病気だけではなく、帰還を願いながらもローマに留まり続けなければならなかった事情があったようです。そこでパウロは最大級の賛辞をこの手紙に表し、彼がフィリピの教会で再び歓迎してもらえるよう願っていました。人に語っても理解されないような深い悩みを共有し、それでもなお主の喜ばれる道を選べるように励まし、背中を押すパウロの同労者への愛と、教会の一致を第一とする信仰に胸が熱くされます。
昨年は突然、あたかも見えない爆弾が世界中に投下され、新型ウイルスとの長い闘い(戦争)が始まりました。程度の違いはありますが、同じ不安と苦痛を共有する経験をすることになったのではないでしょうか。そして世界中にあるキリストの教会に連なる者も、文化言語や教理等の違いを越え、共に集まって福音宣教の使命が願うように行えない苦悩を、教会史上はじめて共有することになりました。これまで私たちは、お互いに「兄弟姉妹」と呼び合うことはありました。しかし昨年以来、ウイルスによる死への不安を覚えつつ、それでも主なる神に礼拝だけは奉げようと創意工夫する諸教会の姿に心からの敬意を感じ過ごしています。ですから今私たちは、お互いを「兄弟姉妹」という呼び名以上に、苦難を共有する「戦友」と呼び合う、パウロと同じ心境に立たせて頂いているのではないでしょうか。
2章の締めの箇所は、実は3章1節「わたしの兄弟(姉妹)たち、主において喜びなさい(3:1)」だとされます。フィリピ教会に渦巻く様々な人間関係の課題を越えて、エパフロディトを迎えるためにはキリストを見上げて共に罪赦され救われたことを喜ぶ以外にないことをパウロは語ります。今、新型ウイルス第三波により悲しいかな、更なる困難な時を迎え、死と隣り合わせの中に生きる覚悟が迫られているようです。今一度、キリスト・イエスを信じる救いの喜びと確かさの中で、希望を失わず、福音宣教の業をなお前進させるために共に悩み、最善を尽くそうではありませんか。どのような状況に置かれても喜びを失わなかったパウロたちに習い、主の霊に導かれキリストにある兄弟姉妹、同労者、いや「戦友」と呼び合う信仰の友が備えられていることを主に感謝し、この一年を共に歩ませてください。