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ライブ礼拝

1.31主歴2021 使徒言行録 3章1~10節 「復活の証人、主の御名によって」 渡部信牧師


礼拝出席カード


音声メッセージ

礼拝プログラム
前奏           奏楽者
招詞           司式者
祈祷           司式者
賛美  2番 来たれ全能の主 1、2節  
聖書  使徒言行録3章1~10節  Acts 3:1-10
特別賛美演奏  "み子イエス世人のため"   奏楽者
宣教  「復活の証人、主の御名によって」 牧師 渡部信
祈祷
賛美  262番 み霊よくだりて1、2節 
献金感謝         司式者
祝祷
後奏
宣教概要
教会の暦では、1年の後半部分、この聖霊降臨日から宣教と伝道の期間が続きます。昨年は、コロナの感染拡大で、私たちの教会は十分に教会の暦を守ることはできませんでしたが、もう一度、私たちの福音宣教の原点を見つめながら、本日の聖書の箇所を学びましょう。
この使徒言行録の2,3章に書かれている内容は、あの死んだイエス・キリストは、死んだままではない。イエス・キリストは甦ったのだ。この方こそ、神が遣わされた神の子であり、あなたがたは彼を十字架につけて殺したかもしれないが、この主イエス・キリストこそ、救い主、メシアなのだ。あなたがたはそれを知らずに殺したかもしれないが、今や罪を悔い改めて、このイエス・キリストを救い主として信じなさい、と弟子たちが大胆に語ったところ、人々は恐れを感じて「私たちはどうしたよいのですか」とペトロに尋ねた。するとペトロは「悔い改めて、主イエス・キリストを信じてバプテスマを受けなさい」と勧めますとその日だけで三千人の者がバプテスマを受けたと書いてあります。ここの記事を読むと、最初のキリスト教会の始まりの宣教には幾つかの特徴があることがお判りだと思います。
先ず、1番目に弟子たちは聖霊に満たされて宣教活動を始めたことです。
2番目に、罪のないイエス・キリストは死んだけれども、死のままではない、甦ったのだという復活のメッセージ。ダビデは死んだけれども、ダビデの子と呼ばれたイエス・キリストは復活し、彼は決してダビテの子ではなく、神の子であること。弟子たちはイエスの復活の証人で、今は天に昇られ、神は聖霊を待ち望む人々、全ての者に必ず注ぐと約束をされたこと。
3番目に聖霊が降ると、大胆に外に出て福音を宣べ伝えることができた。そのメッセージはどの人の話す言葉でも誰でも理解することができた。
第4番目に無実のイエス・キリストを十字架につけたことに対して、直接、関わらない周囲の人々にも自らの罪責感を感じとった
第5番目に人々の間に恐れが生じ、悔い改めへと導かれ、皆、バプテスマを受けた。私は、有名なフィンニーという伝道者の書物を読んだことがありますが、彼はある大きな工場の中でそこに働く従業員のために伝道集会を開いたところ、今までふざけておしゃべりをしていた工員たちが、彼が説教壇に立つと、急にシーンと静かになり、彼が一言、静かに語り始めると、片隅にいた一人の工員が自らの罪を責められ、泣き始めた。そうしてこのフィンニーが説教を終えた時には、工員全員が自らの罪を悔い改め、イエス・キリストの福音を信じて救われたことでその町中に大リバイバルが起こされたということです。それはまさに聖霊の働きによるものでした。
もし、私たちが福音伝道と宣教というものがどういうものであるかを知るならば、そしてそれを求めるならば、この使徒言行録の特徴から学ぶことがたくさんあるのです。
実は、私たちは多くの勘違いをしています。全ての人々は、本当は、真の救いを待ち望んでおり、救い主を心の底から待ち望んでおるのです。でも本当の真理が判らないままにある。イエス・キリストの救いが判らないままなのです。これは日本に住む多くの方がそうだと思います。キリストが神の子だと言われても、本当の真理が判らないので、キリストが救い主、神の子だと信じらないのです。或いは、キリスト教という外国の宗教に入ることだと思っていますから、うちは仏教です。うちは神道です。或いは宗教はいりませんということになります。
 そこで、本日の聖書個所の使徒言行録の3章を見ていますと、神殿の境内に毎日、運び込まれて物乞いをしていた足の不自由な男の物語が出てきます。この3章の記事はすごく大事な出来事で、これによって、町中が大騒ぎになったと聖書には書かれています。