<召天者記念礼拝>「神のみこころ、人の思い」 大須賀綾子牧師(2019/04/28)
[聖書]イザヤ書55章8~13節
イースターおめでとうございます。イエスさまが復活されました!
救い主イエスキリストの恵みを受けて、私たちは生きて行くことが許されています。
イエスさまが十字架にかかり、文字通り命をかけた愛を、私たちは受けることが許されました。
人の持つ限界を、愚かさを、狭さを、歪みを、そして、痛みと呻きを、御子であるイエスさまが、自ら受け止めてくださいました。
主なる神様を主としない、神様に向かうことの出来ない私たちの罪を、イエスさまが代わりに償ってくださいました。
主なる神様の愛を受けて、私たちが生きていけるように、招いてくださいました。
人一人一人の命の全ての問題を、イエスさまが、ご自身の命をもって解決してくださいました。
そして、私たちに永遠の命の約束を、希望を与えてくださっています。
私たちは、本当はわかっているはずです。
私たちの見る世界、私たちの理解する世界、知ることの出来る世界が、ごく一部であることを、私たち自身が良くわかっているはずです。
にも関わらず、私たちは、自分が置かれているところからしか、周りを見渡すことが出来ません。
時間も、場所も、何も治めることの出来ない私たちは、限界を越えた責任を取ろうとして、挫折し、痛み、苦しみます。
一人の人として、命の責任の重さに、向き合うことの出来ないまま、私たちは立ち尽くします。
わかっていても、また、わかっていなくても、さ、義、とはかけ離れてしまう私たちは、その
不実の結果に向き合うことも出来ずにいます。
み言葉は、私たちに語りかけます。
。
命はどなたのものなのか。神様によって、世界の全てが創造されたのです。
命の主は、神様です。
創造された全ての存在を、神様は祝福されています。
大切な、かけがえのない存在として、認め、慈しんでくださいます。
目的を持って創られた、全ての存在に、神様が責任を取ってくださるのです。
声をかけ、語りかけてくださいます。
与えらえている恵み、あゆむべき道を指し示すみ言葉を与えてくださるのが、私たちの神様です。
神様は、私たちを祝福すると約束されました。ただ、一方的に、愛してくださいます。
神様の愛し方は、私たちの目には偏って見え、理不尽です。神様の側だけ犠牲を払って愛してくださるのです。
神様の恵みを、沢山の良いものを、人が背伸びをして、頑張って、手を伸ばして、遠くの計り知れない大いなる恵みを受けとるのではなく、神様の方から近寄って、私たちの手にしっかりと受け取らせてくださるのです。
イエスさまが、ご自身の命を私たちの手に握らせてくださいました。私たちが、神様の恵みを受けられるように。許されて、救われて、愛されて生きていけるように。私たちが命を全う出来るように。そして、来たるべき日には、神様の御許へ、平安のうちに戻ることが出来るように。