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「 主の日、主の時、主の約束 」 山下真実牧師(2019/02/17)

「いよいよ…」という気持ちになることがありますか。十字架にかかり、3日目に復活されたイエス・キリストは、弟子たちに「御自分が生きていること、数多くの証拠をもって」示されました(3節)。そして、その生涯に渡って語られていた「神の国」について改めて話をされ(同節)、さらには以前から語られていた通り「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい」(4節)と、「聖霊」について語られました。そんな中、弟子たちの中では、ある期待が高まってきたのです。「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」(6節)。イスラエルの約束の救い主としてやって来られたお方が、ついにローマ帝国の圧政から自分たちを解放し、新しい国を立て直してくださる時が来る。「神の国」、「間もなく」(5節)、そんな言葉を聞きながら彼らは「いよいよ…」という気持ちになっていたのです。
 しかし、そんな彼らの思いとは裏腹に、イエス・キリストは彼らから「離れ去って行かれ」(10節)ました。「いよいよ…」と思っていた矢先に、主は「彼らの目から見えなくなっ」てしまった(9節)…彼らはそれでただ呆然と「天を見つめていた」(10節)のです。
 そんな彼らに、イエス・キリストが残したふたつの言葉がありました。ひとつは、「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない」(7節)、「主(なる神さま)の時」というものがあるという言葉です。考えてみれば神さまのなさった業のすべてがそうでした。救い主イエス・キリストを母マリアが身ごもったのにも時があり、主イエスが成長して人々の前に現れたのにも、多くの人々がその御許に集まったのにも、逆に裏切り十字架へと追いやったのにも、死なれたのにも、復活させられ弟子たちに現れたのにも、そして天に昇られていったのにも、すべて「主の時」があったのです(参考:コヘレト3:1-11)。
 そしてもうひとつ、「約束」をくださいました。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(8節)。それは、キリストご自身が語られ教えられた「神の国」がまだ「生きている」ということ、その神さまの救い業の広がりがますます広がっていくということを表す言葉でした。そうです。まさに「いよいよ」聖書の良い知らせ「福音」が、「イエス・キリストの証人」である弟子たちによって、ユダヤとサマリア、あらゆる人々の間にある違いを超えて、地の果てに至るまで広がっていく、その「主の約束」がここに語られているのです。
 夜も朝もいつも神は われらと共にいます
(新生讃美歌73番「善き力にわれ囲まれ」)

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